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01 はじまりはドッペルゲンガー

「はい。巴ちゃん、今月のバイト代。いつもありがとうね」

「いいえ。こちらこそありがとうございます」

私はにこにこと菩薩のように微笑んでいるおじいさんが差し出している銀行の封筒を受け取った。

私の周りには紅茶の深い香りが漂い、店内にはタイプライターやガレの花瓶などの年代物のアンティークが置かれている。勿論、設置されている机や椅子も全て飴色で古めかしい。


ここは『鼠の隠れ家』という、古き良き日本を凝縮させたような大正ロマンなカフェ。

雑誌に掲載されたり口コミで休日や祝日には老若男女問わずに大繁盛だ。


平日でも店内には常に客が居て、テーブルが埋まっている。

今は店先に掲げられている金色プレートに掘られたクローズという文字のため、私と店長の二人だけ。

隠れ家的な雰囲気を目指しているらしく、店長とその息子さん、それからバイトの私と大学生がもう一人という少人数制。


そんなバイト先がおしゃれな場所だけれども、あいにく私はというとそのようなハイカラなものが似合う高校生ではない。かと言って今風というわけでもない。

自他認める至って普通のそこらへんにいる女子高生だ。


何もかもが平凡。それは家柄も容姿も頭も。

性格も可もなく不可もないと思うが、友人には「あんたはいつも元気で悩みが無さそうね」と何故か言われる始末。私にとて、悩みぐらいはある。今は差しあたって思い付かないけれども。きっと探せばあるはずだ。


「――では、店長。お給料ありがとうございました」

「あぁ、巴ちゃん。外は暗いから、気を付けて帰ってね」

「はい」

私はお辞儀をしてテーブルの上にあったリユックを取り、店の出口へと向かった。

古びた味わいのある木目が印象的な扉を開けば、外はすっかり黒く染め上げられた世界。

ただ静かにダイヤを散りばめたような星々が私を照らしてくれている。


ここから最寄り駅まで徒歩十分。長くもなく短くもない距離だ。

閑静な住宅街の中を通っていくと、ふと途中ですれ違う公園が視界の端に。


「あ」

私は声を漏らし、足を止める。

地面に縫われたように動かなくさせたのは、桜だった。

公園や学校に桜が植えられているが、そのたびについ綺麗だと思わず見惚れてしまう。

闇夜に咲き誇るそれは、日本の歴史そのもの。

恐らく先人達も花を愛でていたのだろう。


電車時間も余裕があるし眺めていこうかなと思ったけれども、一度止めた足をもう一度動かし、

足早にそのまま先へと進んだ。

別にベンチでカップルがいちゃついていたのに腹が立ったというわけではない。

そう。だから彼氏が居ないからのひがみじゃない。

コンビニに寄りたくなったからだ。

そうだ。決して違う。


……っつうか、あいつらイチャついてないで桜見ろよ。桜。


「しかし、春だな」

さっきのバカップルを忘れ、私は肌を撫でる空気に暖かさが含まれているのを感じていた。

少し前まではマフラーと手袋で防寒対策をしなければならなかったのに。

なんだか良い気分になってきた。だからそれはきっと春の陽気さのせいだろう。


「明後日、夏芽と一緒に月之ケ瀬山に桜でも見にいこうかな。あそこ、出店一番いっぱいあるし」

「申し訳ありません。それは無理です」

「は?」

突如として後方からかけられた声に、私は眉を顰める。

それもそうだろう。私の希望を打ち砕いた無礼者がいたのだ。


「水さしやがって誰だ!」と振り返ると、そこにいたのは紺色のブレザーにチェックのスカートを身に纏った少女だった。肩下まで伸びている黒曜石のような髪は二つに結われ、顔は別にこれと言って特徴はない。

いたって朝の通学ラッシュで見かけるようなモブ。


あの制服は私が通う加賀高校の制服と同じ。

しかもブラウスのリボンが青。ということは、この人は私と同学年。つまりは二年生。


「――……っつか、なんで?」

突如音も無く現れた彼女を見て、掠れた私の声が空気を震わせる。

恐怖を超えて、ただ気味が悪かった。

それもそのはずだ。だって彼女は――


「なんで私がもう一人いるのっ!?」

「それは貴方様に成り代わり、しばしの間私が木原巴きはらともえ様として生活するためです」

「はぁ?」

「お願いします。世界を救って下さい。私達の国プリーゼを。いえ、世界を。神子様――」

「……意味がわからない」

全てが。ドッペルゲンガーが居ることも。

そして私が神子と呼ばれ異世界を救わなければならない事も。

これが見ず知らずの他人ならば、ちょっと中二病をこじらせた人で済ませられるが最悪な事に自分だ。


「さぁ、その鞄を私に。大丈夫です。ちゃんと仕事は致しますわ」

「えっ、ちょっと!?」

そのドッペルゲンガーは私が肩に背負っているリユックへと手を伸ばし、ひったくろうとしている。

だがこちらも必死で抵抗。それを拒絶。

それもそのはずだ。これには教科書の他に、つい先ほど頂いたばかりのバイト代も入っているのだから。


「ちょっと辞めろよ!」

「ご安心下さいませ。私も役目は果たします。大神官様よりのご命令ですので」

「神に仕える者がひったくりしろっていったのか!? 言ってないだろう! っつうか、手を離せって!」

「申し訳ございません」

「アホか! 謝るならその手を離せって!」

だが、その女は意外と怪力だった。抵抗も虚しくそれはあの女へと渡ってしまう。

しかもなんという事だろうか、奪われないようにとその背へと隠す始末。

なんたる悪行。許すまじ。


「あのさ、いい加減にしてよ。それ、私のバイト代も財布も入っているんだけど?」

「では、巴様を早速あちらの世界へ移しますね」

「ふざけんな。誰が頼んだのよ? それ返しなさいよ。私のバイト代と財布っ!」

「では、女神の神殿へと転送致しますわ」

「だから訊けって!」

人の話も録に聞かずに、その女――つまりは私のドッペルゲンガーは、すっとこちらへ向かって腕を伸ばしてきた。避けようと思う間もなく、それが視界に入ったかと思えば私の世界は暗転。

世界が闇に包まれてしまう。

そして意識がもうろうとし、ぷつりと切れてしまった。





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