俺と日記と面倒事
ほかの話も書いてはいるのですが、書いては消し書いては消しの繰り返しです。……それって結局書いて無いじゃん。
今日、池谷を引っ叩いた数分後の俺はひどく動揺しいていた。その出来事から数時間が経ち、日記を書いている今ですらなんとも妙なものを拾ってしまったという後悔の念で、上手く頭の整理がついていない。
よって今から書く日記の内容に整合性などという言葉はかけらも存在しないわけだが、誰に見せるわけでもないのでまあいいだろう。
池谷を引っ叩いた直後のことは、日記の中に書き記すまでもない些事である。よって詳しい事は割愛するが、彼は残りの下校路でのひと時ををまるまる俺の暴力への不当さを訴えることに使っていたのを覚えている。
俺はそんな池谷の言葉を華麗にスルーしつつ家路を急いでいたのだ。いつもの様に一足早く家に着いたのは池谷だった。あいつと俺の家の距離は距離にして僅か十数メートルしか離れて居ないのだが、不精者の俺にはその僅かな差すら羨ましかったりする。
ぼやいても家が近寄って来るはずはないし、いざ近寄ってきたらそれはそれで怖かったりするので俺は自分から住み慣れた実家へ歩を進める。
池谷と俺のの家は隣接はしているが互いの家が背を向けあっているような位置関係である。俺の家の正門は東側池谷の家の正門は西側についているため。俺は池谷と自分の家の塀をぐるりと迂回する事になる。
まあ、いつものことなのでこれはいいのだ。問題はその後である。正門近くに到達した俺は、そこでとてつもなく面倒なものを拾ってしまった。
勉強机に向かいガリガリと日記を書いていた俺は、そこまで書き進めてから、このことをどのように書こうか迷った。自分しか見ない日記ではあるが、それでもこのことをどのように記せばいいのだろうかと悩む程度にはわけの分からん事体であるという事だ。
俺は玄関先で拾ったそいつから詳しい話を聞くために先ほどからそいつが座しているベッドが置いてあるほうに体を向けた。いつも俺が使っている簡素なベッドにちょこんと座る少女。それが俺が拾った面倒なものだ。家の前に倒れていたそいつを見た俺は若干パニクっていた。救急車を呼ぶことも思いつかず、かといってそのままにしておくわけにもいかず、人目に付かないように家に運び込み。両親と妹に見つからないように部屋のベッドにそいつを寝かせてから思ったものだ。
俺は犯罪者かと。
とにかくそういった経緯を差し引いてもそいつの外見は特異なものだった。どう考えても自然な色ではないエメラルドグリーンの髪の毛にダークパープルの瞳を備えた風貌は異様としか表現できないのだが、奇抜なのは髪の毛や目の色だけではない。妙な素材で出来た恐ろしくSFチックな衣装に身を包んでいるのだ。赤がベースの半袖の上着には両胸を縦断する形で太目の白いラインが走っている。上着の肩の辺りには鳥を象られたエンブレムが付いている。その下に黒い長袖のアンダーを着込み、下半身には同色のスカートと黒のレギンスのようなものがはかれている。腰の辺りには警備員がつけるような黒い帯そくが撒きつけられていてポーチと白い棒状のものが差されていた。秋葉原とか後楽園にいるよな、こういう人。
少女はおとなしく座ったままじっとこちらを眺めている
「それで、お前、何?」
少々ぶっきらぼうな口調になってしまったが、女性と話す経験が圧倒的に不足しているのだ。多めにみて欲しい。
「ラティ」
「それはお前の名前か?」
その問いにゆっくりと頷く少女。それにしても無口なやつだな、こいつ。
「そうか。お前はどうして家の前で倒れていた?」
「さっき説明した通り」
そう、俺はさっきこいつから大体の事を聞いている。にもかかわらず同じ事をしているのは、こいつの話が突拍子がなさ過るからだ。
「事故って言ってたな。次元がどうこうとか」
「次元穴に巻き込まれたの。生きて出られただけ幸運だった」
「お前の言うそのじ、じげんけつ?そりゃなんだ?」
「次元に開いた穴。だから次元穴」
分かりやすい説明ありがとう。余計に混乱してきた。
「じゃあ、お前はなんだ、その。もしかして、そんなことはないと思うが、言ってもおかしい奴とか思わないでくれよ」
「……?」
これから口にしようとしている事が物凄く恥ずかしい。概念や創作物の設定としては知っている程度のとんでもない話だからだ。目の前の少女は怪訝そうな顔でこちらを見ている。
「お前って、もしかして異世界人?」
「だから、そう言っているのだけど。翻訳機の調子が悪いの?この世界の言語体系は交流のある世界と似ていると思ったんだけど」
「いや、さっきのお前の説明が理解できなかったわけじゃないんだ。なんていうかその……」
俺は肺一杯に空気を吸い込んでから今の今まで抱え込んでいた考えを一気に放出した。
「信じられるか!異世界?次元穴?なにそれ?なにその未来系SFファンタジー。どこのゲーム?メーカーは?使い古されたネタ持ち込みやがって。売れねえよそんな話!」
もうダメだ。こんな突拍子の無い話に付き合ってられねえ。三文小説の設定みたいな話を延々聞かせやがって。こんな痛い子拾って何やってんだ俺。面倒臭いにも程がある。
とにかくこの子は現実と空想の区別の付かなくなった可哀想な子でファイナルアンサーだ。意識も戻ったみたいだしとっとと家からお引取り願おう。
「何を言っているの?やっぱり翻訳機が対応できていないの?」
やけくそ気味に叫ぶ横で叫ぶ横で件の少女が、黒い小さな機械をいじくり回している。
悪い事は重なるとは昔からよく言われているが、今日ほどそれを実感した日は無い。俺がそいつを家からたたき出そうと口を開きかけた時、ドタドタトいう足音が聞こえ、勢いよく部屋のドアが開いた。
「ちょっとお兄ちゃんうるさいよ!何一人で、叫んで……その人だれ?」
入ってきたのは、中学入学以降俺にチョコをくれなくなった実妹、昌子だ。中学生らしい幼い顔だが、雑誌のモデルをやっていたお袋の血を色濃く受け継いでいるので身内贔屓なしで整った顔をしている。さぞ学校でモテることだろう。俺はというと地味だ。恐ろしく地味だ。多分親父に似たのだろうさ。遺伝子の馬鹿野郎。
その妹の問いに俺は暫し逡巡し、そして、
「ひ、拾った」
地雷を踏んだ。
「ひ、拾った?ど、どこで?」
答えに納得がいかないのか怪訝そうな顔をする昌子。
「家の前に倒れてて、それであれだ、持ってきた」
途端昌子の顔が引き攣る。
「ど、どうするのよ。その人……」
「わからん」
その様子の一部始終を眺めていた少女、いやラティ、だっけか。とにかくそいつが口を開いた。
「#ё%ゝЯ〇л?」
出てきたのは訳の分からん文字列だ。さっきまで普通に話してたじゃん、お前。
「外人?」
昌子は突然の奇襲に目を白黒させるとクルリと背を向けて階段を駆け下りていってしまった。
「お母さん!お兄ちゃんが外国人の女の子家に持って帰って来た!」
家中に響くくらいの声量で響くその言葉が聞こえた時、思った。
面倒だ。