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実りの春

作者: 昼咲月見草
掲載日:2026/04/26


その花に気がついたのは、いつもの朝の散歩の時でした。


白い花びらをいっぱいに広げた草いちごの花がたった一輪。

なし畑のそばの草むらに、たった一輪咲いていました。

草の間から顔を覗かせて精いっぱい咲くその姿は、たった1人なのになんだか誇らしげで、わたしは足を止めて見入ってしまいました。


去年までここにこんな花が咲いていただろうか?


思い返してもそんな記憶はありません。

この辺りに草いちごが咲いている場所なんて、あったでしょうか。

やはり近所には思い当たりません。


鳥が種を運んできたのだろうかと、たった一輪で咲き誇るその花を、微笑ましく感じながらわたしは散歩に戻り、しばらくしてその同じ場所に赤い実を見つけて、またしばらく足を止めて見入ったのでした。



翌年、同じなし畑のそばの草むらに、また白い花が咲きました。


今度は花の数がふえて、赤い実の数も増えて、それから毎年、数を増やす草いちごの小さな花畑を、わたしは楽しみにしていたのです。




ある日、いつものように散歩にでかけ、ゆっくり、ゆっくり、膝に負担をかけないようにのんびり歩いていると、なし畑の梨の木が一本残らずなくなっていました。

しばらくして、ご近所の方からその畑の持ち主のご夫婦が農家をやめてしまったと聞きました。


白い梨の花が咲く様子がもう見られないのかと寂しくなりましたが、それも仕方のないこと。


わたしは更地になった畑のそばをゆっくり歩きながら、今年は梨をどこで買おうかしら、なんて考えておりました。



春になって。



今年もたくさんの草いちごの花が咲きました。


草むらはずらりと白い花で埋めつくされ、暖かい日差しに鳥の歌声も快くて、鼻歌でも歌いたいような、そんな素晴らしい春が今年もやってきました。

ただ不思議なことに、草いちごの赤い実をなぜだか見かけないのです。

気がつくともう夏が来て、体調が良くなくて散歩を休みがちだったからかしら、と、残念に思っていました。


なし畑だった場所に工事のお知らせの看板がたったのは、それからすぐの事でした。


ああそうか、もうなし畑はないのだと、草いちごの花畑ともお別れなのだと、その看板を見ながらぼんやりそんな事を思いました。

そういえば、今年はちょうちょを見なかったような気がします。

なし畑に誘われるちょうちょがいなかったから、草いちごももしかして実らなかったのでしょうか。


夏の暑い盛りの中、広いなし畑はいくつもの区画に分けられて、たくさん家が建てられ始めたと聞きました。

散歩の距離を短くしていたわたしは、その工事が始まった事も、家が完成した事も人づてに聞いただけなのですが、畑ばかりだった町がにぎやかになって行くのはいい事だと、そんなふうに笑って話していました。




冬が来て、春になって、夏が来て、秋がやって来て。

何度かそんな季節の繰り返しがすぎて、また春になりました。

暖かくなってうきうきするようなある日、わたしは久しぶりに散歩に出かけてみました。

お医者様に、毎日少しでもいいから歩くようにと言われているのです。


ゆっくり、ゆっくり。

転ばないように、一歩ずつ。


昔はしゃきしゃき歩けた道も、今は杖なしでは歩けません。


それでも、暖かな日差しのせいでしょうか、それとも様変わりして見知らぬ土地を歩いている気分だからでしょうか。

昔なし畑があった辺りまでやってきました。

薔薇の苗木が植えられていたり、若い奥さんが庭の手入れをしていたり、道路を小さな子が走っていたり。

寂しいよりも、なんだか嬉しいような、幸せな気持ちになりながら歩き、わたしはその先にできた新しい小さな公園を見つけてそこのベンチで休憩しました。


風が心地よくて、影は少しひんやりして、離れた場所にある遊具では子供たちがにぎやかに遊んでいて。

不思議な満足感でいっぱいで、もう帰ろうかと考えていたとき、小さな女の子が母親を呼ぶ声がしました。


「お母さん、お母さん、見て! きれいな大きな白い花が咲いてるよ!」


「お花? どこどこ? あら! ほんとね、大きくてまっしろ!」


「可愛いね!」


「そうね、可愛いわね」


「なんの花かなあ」


「これはね、草いちご、って言うのよ」



公園の隅のほう、日当たりの良いそこで、親子は仲良く話しています。

そこにちょうちょがひらひら舞ってきました。

ここへ来るまでの家々はみな、庭をきちんと手入れしてたくさんの庭木や花壇は色とりどりに花を咲かせていました。

その香りに誘われてきたのでしょうか。



「お母さん、ちょうちょ!」


「ほんと、ちょうちょね。可愛らしいわね。さ、向こうでみんな遊びましょ。ちょうちょさんはこれからごはんだから、じゃまにならないようにね」


「うん! またね、ちょうちょさん。ごはんいっぱい食べてね!」



ひらひらと舞うちょうちょを目で追いかけながら、わたしは、またあの赤い実を見られるのだろうと思わず笑みを浮かべました。

日差しはまだ暖かく、風は心地よく吹いています。

もうしばらく、ここで休んでいてもいいような、そんな気分になりました。











お読みいただきありがとうございました。


挿絵(By みてみん)

 ※ <a href="https://mypage.syosetu.com/1245433/">家紋武範様</a>からのいただきものです。ありがとうございます!



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