禁術指定
山が消えた。
言葉通りに。
誰も動けなかった。
風が止まり、鳥の声が消え、空気が凍ったみたいに静まり返っていた。
教師の手から杖が落ちる。
乾いた音がやけに大きく響いた。
「な……」
声が震えていた。
「なにをした」
俺は首をかしげた。
「消えろって言いました」
それだけだ。
それ以上でもそれ以下でもない。
教師の顔色が変わる。
青を通り越して白くなった。
「そんなはずがない……」
誰かが呟いた。
「山が……消えた……?」
別の生徒が外を指さす。
教室中の視線が窓の外へ向いた。
確かにあったはずの山がない。
代わりに空だけが広がっている。
嘘みたいに綺麗な空だった。
「禁術だ……」
誰かが言った。
その言葉が教室の空気を変えた。
禁術。
それは国家が管理する領域の魔術だ。
個人が使っていいものじゃない。
存在していいものですらない。
教師が後ずさった。
「ユウト=アストラ」
さっきまで追放を宣言していた声とは別人みたいだった。
「動くな」
俺は動かなかった。
動く理由がなかった。
「……お前は」
教師の喉が鳴る。
「何者だ」
何者でもない。
落ちこぼれだ。
さっきまでそうだったはずだ。
俺は答えた。
「魔術師です」
その瞬間、教師が叫んだ。
「違う!!」
教室の空気が震えた。
「お前は魔術師じゃない!!」
沈黙が落ちた。
誰も笑わない。
誰も囁かない。
ただ見ている。
俺を。
教師が杖を拾い直した。
震える手で空に向ける。
「結界展開!」
透明な壁が教室を覆う。
続けて魔道具を取り出す。
赤い結晶が光り始めた。
緊急通信用の国家魔導石だ。
つまり。
報告される。
俺が。
国家に。
教師の声はかすれていた。
「魔術管理局へ緊急連絡」
誰も息をしていないみたいだった。
「学院内で禁術級現象を確認」
俺はその言葉を聞いて初めて気づいた。
禁術?
俺が?
違う。
そんなはずがない。
ただ言っただけだ。
消えろって。
それだけだ。
教師が続ける。
「対象は生徒一名」
赤い結晶が強く光る。
「ユウト=アストラ」
その名前が学院中に響いた気がした。
次の瞬間だった。
結晶が砕けた。
教師が凍りつく。
「……な?」
俺も驚いた。
壊すつもりなんてなかった。
でも思い出した。
さっき俺は言っていた。
小さく。
無意識に。
「壊れろ」
結晶は粉々になっていた。
教師が後退る。
今度ははっきりと恐怖していた。
「言葉だけで……?」
誰かが震えた声で言う。
「詠唱してない……」
別の誰かが言う。
「魔力反応もない……」
教師が呟いた。
「ありえない」
静かに。
はっきりと。
「こんな魔術は存在しない」
そのときだった。
学院の外から鐘の音が鳴り響いた。
一度。
二度。
三度。
緊急事態を知らせる警鐘。
学院創設以来、数回しか鳴ったことのない音。
教師が顔を上げた。
そして確信したみたいに言った。
「……遅かったか」
重い扉が開く音がした。
廊下の向こうから足音が近づいてくる。
規則正しく。
迷いなく。
複数人。
軍靴の音だった。
国家が動いた。




