表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
二度覚醒したモブの逆転無双 ~万年Fランク探索者の俺は、二度の覚醒を経てSランクをも超越し、鬼バズる~  作者: 豚汁


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

5/5

二度の覚醒、そして崩壊

 闇の中から、ゆっくりと意識が浮上してくる。

 瞼の裏に残る残像は虹色に輝いていて、それが現実だったのか夢だったのか、一瞬判断がつかない。


 冷たい石畳の感触が背中から伝わってくる。

 ダンジョンの床特有の、湿気を含んだひんやりとした硬さ。

 空気には埃と古い石の匂いが混じり、かすかに金属の錆びた匂いが鼻腔をくすぐった。

 耳を澄ませば、遠くから水滴が落ちる音が規則正しく響いている。


 身体を起こそうとして、驚いた。

 いつもなら重く感じる四肢が、まるで羽毛のように軽い。

 関節という関節から痛みが消え失せ、筋肉の疲労感も跡形もなく消えている。

 それどころか、細胞の一つ一つが生まれ変わったような活力に満ち溢れていた。


「あれ……」


 声に出してみると、いつもより響きが良い。

 声帯の振動が以前より豊かで、音の粒が揃っている。

 喉の奥から腹筋まで、発声に関わる全ての器官が最適化されたような感覚だった。


 記憶が鮮明に蘇る。

 虹色に輝く美しいスライム。

 その儚い最期。

 そして、世界がひっくり返るような衝撃。

『二重掛け』を発動した瞬間の、核爆発にも似た圧倒的な多幸感。



 指先を軽く動かすと、ステータス画面が脳裏に浮かび上がる。

 しかし、表示された内容に目を疑った。


【鈴木輝明】


 ランク:EX


 体力:測定不能

 魔力:測定不能

 腕力:測定不能

 敏捷:測定不能

 知力:測定不能


「なんだEXランクって……バグか?」


 呟きながら、画面を何度も開き直してみる。

 しかし表示は変わらない。EXランク。

 これまで聞いたことのないランク表示だった。


 Fランクが最低で、Sランクが最高位だと思っていたが、どうやら他にも存在したらしい。

 そして測定不能という文字列が、呪文のように画面に並んでいる。

 これまで見慣れた数字による表示ではなく、まるでシステム側が数値化を諦めたような表記。



 ふと、現在時刻が気になった。

 どれくらい意識を失っていたのだろうか。

 スマートフォンを取り出し、画面を点灯させる。


 22時7分。


 血の気が引いた。

 門限は20時。

 2時間以上も遅刻している。


「やばい……」


 心臓が一気に早鐘を打ち始める。

 覚醒による高揚感が一瞬で不安に変わった。

 両親、特に母親は心配性だ。

 8時を過ぎても帰宅しないと、必ず電話をかけてくる。

 既に着信履歴は3件もあった。

 急いで無事のラインを送る。


 探索者活動を続けるための約束事。


 学校には必ず通う事。

 門限は絶対に守ること。

 危険を感じたら無理をしないこと。


 これらの条件をクリアすることで、両親は俺の探索者活動を黙認してくれている。


 特に母親は、俺がダンジョンに潜ることを快く思っていない。

 表向きは理解を示してくれているが、内心では常に心配している。

 その母親の不安を和らげるための約束事を、俺は破ってしまった。


 足音が反響する石畳を踏みしめながら、ダンジョンの出口に向かう。

 走るというより、足が勝手に地面を蹴っているような感覚だった。

 一歩一歩が軽やかで、まるで月面を歩いているような浮遊感がある。


 ダンジョンから地上に出ると、夜風が頬を撫でていく。

 秋の空気は冷たく、肺の奥まで澄んだ酸素が行き渡る。

 普段なら肌寒いと感じるはずの気温が、今は心地良い涼しさとして感じられる。

 体温調節機能まで向上しているのだろうか。


 家までの道のりを急ぐため、走り始める。

 しかし、数歩踏み出した瞬間に異変に気づいた。


 速すぎる。


 足音が風を切る音に変わっている。

 アスファルトを蹴る度に、まるでバネ仕掛けの玩具のように身体が前方に押し出される。

 視界の両端で街灯が流れていく。

 これまで体験したことのない速度で地面を駆け抜けている。


 呼吸は全く乱れない。

 心拍数も安定している。

 通常であれば、これほどの速度で走れば息が上がる。


 しかし、その気配は微塵もない。

 それどころか、このまま地球を一周できそうなほど余裕がある。


 家までの道のりが、あっという間に過ぎ去った。

 普段なら15分はかかる距離を、わずか5分で走破してしまった。

 息切れどころか、もっと走りたいという欲求すら湧いてくる。


 玄関の前で立ち止まり、深呼吸をする。

 鍵を取り出し、静かにドアを開ける。


「ただいま」


 いつも通りの声のトーンで挨拶する。

 リビングから母親の足音が聞こえてきた。

 スリッパの音、床を踏みしめる軽やかな歩調。以前なら聞こえなかった微細な音まで、鮮明に聞き取れる。


「おかえりなさい。遅かったわね」


 母親が玄関に現れる。

 表情に心配と安堵が混じっている。


「ごめん、疲れてて喫茶店で眠っちゃって」


 嘘をつくのは気が引けたが、覚醒のことを話すわけにはいかない。

 母親の心配性を考えれば、真実を告げることで更なる不安を与えてしまうだろう。


「そう……体調は大丈夫?」


 母親の手が俺の額に触れる。

 体温を確かめる仕草だが、触れた瞬間に母親が小さく驚いた表情を見せた。


「熱はないみたいね。でも何だか……」


 言いかけて、母親は首を振る。

 きっと何かしらの変化を感じ取ったのだろう。

 体温、肌の質感、あるいは雰囲気そのもの。


「ご飯は大丈夫、お風呂に入って、すぐに寝るよ」


 そう告げ、2階の自分の部屋に向かうため、階段を上り始める。

 しかし、最初の一段を踏んだ瞬間に違和感を覚えた。


 軽すぎる。


 足に体重がかかっていない。

 まるで身体が風船のように軽くなったような感覚だった。

 階段を上るというより、宙に浮いて移動しているような錯覚に陥る。


 自分の部屋に入り、姿見の前に立つ。

 電気を点けると、鏡に映った自分の顔に見入った。


 確かに変化している。

 輪郭がわずかにシャープになり、目の輝きが増している。

 以前よりも精悍な印象を与える顔立ちに変わっていた。

 肌の色艶も良く、健康的な血色が頬に宿っている。


 鏡に映る自分が、別人のように見える。

 確かに俺の顔なのだが、何かが根本的に変わっている。

 内側から湧き上がる自信のようなものが、表情に現れているのかもしれない。


 風呂場で服を脱ぎながら、身体の変化を確認する。

 筋肉の張りが明らかに違う。

 これまでは貧弱だった腕や脚に、適度な筋肉がついている。


 風呂から上がり、部屋でベッドに横になる。

 天井を見上げながら、今日起きた出来事を整理しようとする。

 しかし、思考があまりにも明晰で、情報処理速度が向上していることに気づく。


 やはりあの時、俺は『覚醒』したのだ。


 頭の中で、その事実が徐々に重みを増していく。

 一億分の一の確率で起こるとされる奇跡。

 それが、平凡極まりない俺に降りかかった。

 信じがたい現実だが、身体に起きている変化が何よりの証拠だった。


 冷静になればなるほど、覚醒の実感が湧いてくる。

 身体の軽さ、思考の明晰さ、感覚の鋭敏さ。

 全てが以前の俺とは比較にならないレベルに向上している。


 再びステータス画面を開いてみる。

 やはり数字は全て測定不能のままだった。EXランクという謎の表示も変わらない。


 こんな現象は初めてだ。他の事例も聞いたことがない。


 覚醒について調べた資料では、通常はランクが数段階上がる程度だとされていた。

 その数値は、元値が低れければ低いほど反動は大きいらしい。

 俺は最低のFランク、そこから恐らくAまでは跳ねあがったはずだ。

 しかし俺の場合は、覚醒は一度だけではない。


 咄嗟に使用した『二重掛け』による二度の覚醒。

 その前例のない現象が、とんでもない結果をもたらしたのかもしれない。


 明日、またダンジョンに挑み、力を試してみよう。

 眠りにつこうとして、目を閉じる。

 しかし、まぶたの裏で意識が冴え渡っている。普段なら疲労で重くなる瞼が、今は軽やかだった。


 結局、一睡も出来なかった。

 しかし、不思議とまったく睡眠不足による疲れや倦怠感を感じなかった。

 覚醒により、睡眠の必要性すら変化したのだろうか。




 *



 翌日、学校での一日が終わると、すぐに俺はダンジョンに向かった。

 覚醒により得た力がどれほどのものか、実際に確かめてみたかった。


 F級ダンジョンの入り口で、探索者カードを機械に通す。

 もはや俺の庭と化した場所。

 出てくるモンスターが弱すぎて、俺以外誰も立ち入らない貸し切りの専用ダンジョンだ。


 地下に降り、いつものエリアに向かう。

 薄暗い通路、湿った空気、石畳の感触。

 全てが昨日と同じはずなのに、まるで違う世界のように感じられる。


 最初のスライムを発見した。

 これまで何千匹と戦ってきた相手。


 俺の視界が研ぎ澄まされている。

 ダガーをゆっくりと抜く。

 金属が鞘から滑り出る音が、異常に鮮明に響いた。


 右足を前に出し、左足を後ろに引く。

 これまで何万回と繰り返してきた基本姿勢。


 スライムまでの距離、約三メートル。

 空間を測る能力が飛躍的に向上している。

 距離、角度、高低差、風の流れ。

 あらゆる物理的要素が数値として頭の中に浮かび上がる。


 呼吸を整える。

 肺に空気が入る音、心臓が血液を送り出す音、筋肉が収縮する微細な音。

 身体の内部で起きているあらゆる現象が、鮮明に知覚できる。

 酸素が血流に乗って全身に運ばれ、細胞の一つ一つが活性化していく過程まで感じ取れそうだった。


「はあっ!」


 力いっぱいダガーをスライムに振るう。

 しかし、「力いっぱい」という表現では到底表現しきれない何かが起こった。

 腕を振り下ろした瞬間、世界が変わった。


 まず、空気が裂けた。

 ダガーの軌跡に沿って、大気が真空状態になったような空白が生まれる。

 そこに周囲の空気が雪崩れ込み、爆発的な風圧を発生させた。


 風の音ではない。

 空気そのものが悲鳴を上げているような、耳をつんざく轟音だった。


 刀身が大気を切り裂く瞬間、青白い光が走った。

 金属が音速を超えた際に発生するプラズマ化現象。

 刃先から無数の火花が散り、まるで流星群のように美しい軌跡を描いている。


 ダガーがスライムに到達する直前、衝撃波が先行した。

 音速を超えた物体が作り出すソニックブーム。


 そして、ダガーが接触した。

 接触という言葉すら不適切だった。

 刀身がスライムの存在空間に侵入した瞬間、時空間そのものに歪みが生じたのだ。


 爆発。


 しかし、炎や煙を伴う通常の爆発ではない。

 光の爆発だった。

 スライムの身体を構成していた分子が一瞬にして分解され、エネルギーに変換されたのだ。

 物質がエネルギーに転換される際に放出される、純粋な光の奔流。


 光の洪水の中で、スライムの姿が消えていく。


 しかし、エネルギーはまだ消失しない。

 スライムの消滅によって発生した膨大なエネルギーがダガーの軌跡に沿って、石壁に向かって突進していく。

 衝撃波が壁に到達した瞬間、堅牢な岩石が、一瞬にして粉塵に変わった。

 

 穴の向こうには、これまで見たことのない空間が広がっている。

 俺の攻撃はスライムを通り超え、F級ダンジョンの既知の構造を改変し、未知のエリアを作ってしまった。


 そこから、ぬるい風が吹いてくる。

 まるで地球の反対側と繋がったような、異質な空気の流れだった。


 ダガーのグリップを握る手が震えている。

 しかし、握っている感触がおかしい。

 恐る恐る手元を見下ろすと、ダガーの刀身は、衝撃で木っ端みじんに破壊されていた。


「……まじか、やば」


 俺の声が、空虚に響いた。

 ダンジョン内に静寂が戻ってくる。

 先ほどまでの轟音が嘘のような、深い静寂。


 しかし、完全な無音ではない。

 遠くで何かが断続的に崩れ落ちる音が聞こえ始める。

 俺の攻撃による振動が、ダンジョンの他の場所にも影響を与えているのだろう。


 ポロ、ポロポロ……。


 天井から小さな石の欠片が落ちてくる音が聞こえる。

 最初は雨粒のようなささやかな音だったが、徐々に大きくなっていく。

 ポロポロがパラパラになり、やがてバラバラという音に変わっていく。


 構造物の至る所で小規模な崩落が起き始めている。


「嘘だろ……ダンジョンが」


 地の底から響くような振動が、足裏から全身に伝わってくる。

 立っているのが困難になるほどの揺れ。

 まるで巨大な地震に見舞われたような状況だった。


 しかし、これは天災ではない。

 俺が引き起こした人災だった。

 ダンジョン全体の崩落が始まったのだ。


「やばいやばいやばいっ!」


 俺は慌てて地上に向かって駆け出した。

 後ろから大規模な崩落音が迫ってくる中、凄まじい速度で階段を駆け上がり、ついに地上に出た。


 外の空気が頬を撫でていく。

 ダンジョン内の淀んだ空気とは違う、新鮮で冷たい風。

 肺の奥まで澄んだ酸素が行き渡り、ようやく正常な呼吸ができるようになった。


 振り返ると、F級ダンジョンの入り口から黒い煙のような粉塵が立ち上っている。

 まるで火災現場のような光景だった。

 しかし、炎は見えず、ただ粉塵だけが、不気味な雲となって空に昇っていく。

 地面が小刻みに振動し、地下からは依然として轟音が響き続けている。


 これは夢ではない。

 俺が実際にやったことなのだ。

 一匹のスライムを倒しただけで、ダンジョン全体を崩壊させてしまった。


 もし他の探索者がいたら……。

 ここが俺の貸し切り場で良かった。


 恐怖と興奮が入り混じった複雑な感情が、胸の奥で激しく渦巻く。

 俺はその場に、しばらく呆然と立ち尽くしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ