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死生観5
4人目は痩せこけた男だった。
刑の執行までは衣食住が保証されているのに病的なまでに痩せていた。
男は特に抵抗する気力も内容で過去と比べられぬ程大人しく進んで行った。
神父の洗礼が終わり、私は彼の顔を横目で見た。
笑っている。頬は痩せこけ、涙は頬のくぼみをつたい、速く流れていく。
悲しみとも、怒りとも、喜びとも取れぬ感情に私の心は揺らいだ。
その顔を一刻も早く目の前からけしたかった。
私は床を落とした。
彼は動いた。
軽すぎたのだ。
手足を縛られ、蛆のように苦痛から逃れようと懸命に動き回っていた。
床が落ちた瞬間、本来は自重で首の骨が損傷し、失神するはずだったが、彼の体は痩せこけ、骨が損傷するほどの重さが足りなかったのだ。
私はこの呼吸音を聞いたことがある。
肺炎で死んだ友人が寸前にこんな呼吸をしていたと覚えている。
肺炎が原因か、それとも死ぬ前にはこんな呼吸になるのか、詳しくは知らぬ。
言葉にならぬ喉というのだろうか、水の出ない水道のような音と言うのだろうか。
そんな音を鳴らして5分、男は動かなくなった。
この瞬間である。
彼が動かなくなった一瞬、私は死の本性を見てしまったのだ。
苦痛にまみれた終わりがこのような恐怖に覆われていることが死の本質であることを知ってしまったのだ。
私の心は摩耗した。




