切りすぎた前髪おさえ走り出す 数時間ぶり「会いたかった」
大勢の人が行き交う大通りを今、慣れないヒールで走っている。
急がないと遅れちゃう。
今日は、学生時代からの大事な親友の結婚式なのだ。
朝、出かける前に恋人は「俺、今日何着ていけばいいんだっけ」と寝ぼけ眼を擦りながら言っていた。
クローゼットから出しておいたスーツ一式と、玄関にはシングルモンクの革靴を用意してある。そのことを告げて、バタバタと着替える。
結婚式は参列者だって準備がある。ヘアセットとメイクを美容室に予約しているので、急いでいた。
「じゃあ、先に出るね。後で現地で!」
そう言って家を出ようとした時、恋人が珍しく後ろからハグをしてきた。
「急いでるんですけど」
可愛げもなく、そんな言葉が口をつく。
「今日は君も可愛くなって来るんでしょ。早く見たいなぁ」
「あっ、予約の時間やばい!ほんと、そろそろ行くね!」
彼の腕の中をするりと抜け出して、玄関を出た。
白い壁と、木材で調和された美容室の店内はナチュラルな雰囲気でとても居心地が良い。一つ一つの席に、小さなお花のブーケが飾られている。
美容師さんが今日のドレスとのバランスを考えながら、髪をどう結い上げるか考えてくれている間に、アイスティーを一口飲んだ。
「前髪どうする?横に流すか、上に上げるか。センターで分けて下すのも可愛いけど」
うーん、と一緒に悩みながら数日前に恋人が、ドラマに出ている女優さんを褒めていたのを思い出した。
眉毛のあたりで切り揃えられた前髪の女優さん。きゅんと力強い目力の、美しい人だ。
「前髪…切ってみたいなぁ」
ずっとワンレングスのロングにしていた私には縁のないものだと思っていたけど、実は前髪ぱっつんにずっと憧れがあったのだ。
でも、今日は大事な親友の結婚式だしそんな冒険をするのは今日じゃなくてもいいかも。
「前髪切っちゃう?前髪カットの追加料金かかるけど、全然できるよ。
切ったら目元が映えそうだよね。すごく可愛いと思う」
その言葉で、自分の心の声が漏れていたことに気づく。
「えっ、あの」
「ドレスも可愛い感じだし、前髪短いの絶対合うよ。そしたら、後ろも編み上げにしようかな。可愛い感じで全体まとめていこっか」
もはやNOと言える雰囲気ではなかった。
あれよあれよという間にカットに使うハサミも用意され、前髪を霧吹きで濡らされていく。
ぎゅっと目を閉じた瞬間にシャキンとハサミが鳴った。
「ありがとうございました」と頭を下げて、美容室を後にする。
思っていたよりも時間に余裕がない。
髪が崩れないように気をつけながら、走ることにした。
前髪を切って、広くなったように感じる視界。私はなんだかワクワクした気持ちになっていた。
慣れないピンヒールも、コツコツという音が気持ちいい。
早く恋人に会いたい。どんな顔をするのか見たい。
無事に式場の前に到着すると、恋人が待っていた。
普段とは違うスーツ姿。髪の毛もちゃんとワックスをつけてセットしてきたらしい。
息を切らしながら「お待たせ」と前に立つと、恋人の目が丸くなった。
「前髪どうしたの」
「切っちゃった」
「めちゃくちゃ可愛い」
目尻を下げて破顔する。そのまま抱きしめられてしまった。
式場に続々と集まってくる参列者の多くは共通の友人たちだ。
「主役じゃない奴がいちゃついてんなよ」とからかわれ、私は顔が熱くなる。
「そろそろ離して」
「やだよ、会いたかったんだもん」
こんなに可愛くなって会えるなんて嬉しすぎ。と言って彼は笑う。
結婚式の終盤。親友は私を狙ってブーケを投げた。
危うく取り落としそうになったところを、恋人が受け止めてくれた。
「次は僕たちってことだね」
花嫁姿の親友が美しくって、笑顔に包まれた結婚式が素晴らしくって、隣に立つ恋人のことが大好きで。
私はブーケに隠れて少しだけ泣いた。
『君より早く起きた朝 寝顔に向けていつも言う
「今日も会えたね」』




