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【短編集】短い歌の恋  作者: 葛の葉


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1/9

あの人を愛す苦悩を知ってたら 出逢わぬ道を歩んだだろう

時間が巻き戻せるなら、彼と出逢う前に戻りたいと切望している。あぁ、それでも駄目か。

もう、生まれたばかりの赤ちゃんの頃から一緒にいるんだもん。お母さんのお腹の中からやり直さないと。


幼馴染の結婚式の最中に、祝いの席にはあまりふさわしくないロックなメロディーが頭の中を巡る。

東京事変の『遭難』だ。

「出遭ってしまったんだ」のフレーズだけエンドレスリピート。

花嫁の美しさも目に入らず、新郎の爽やかな笑顔とタキシード姿にばかり見惚れていたらいささか呑み過ぎた。


参加予定だった二次会は行くのをやめた。

気を抜くと「あいつは私の物だったのに」と、地獄の底から響くような重低音で花嫁を罵倒してしまいそうだったからだ。


ずっと、一緒にいた。

親友同士の母の元に生まれて、近所で育って同じ学校に通って。

初めてのおつかいから始まって、色んな初めてを一緒に経験したのに。

それでもお互いに「付き合おう」の一言が言えなくて恋人にはなれなかった。

でも、最後に選ばれるのは私だって、ずっと、思ってた。


弱った気持ちで直帰する気にもなれず、馴染みのバーに顔を出すことにした。

ここも、彼と初めて訪れたバーだ。

私の気持ちなんてみんな分かっているのに、彼にも私にも余計なことを言わないでくれる。店も客も優しさと気遣いに溢れている。


「いらっしゃい。来ると思ってたよ」


初老のマスターが出迎えてくれる。

強めの酒。と言ったのに、ハイボールを出される。優しさが辛い。


数杯目のハイボールを飲み干す頃、入口のベルがカランと鳴った。


「ここにいると思った」


タキシードからラフな服装に着替えているのに、髪型だけキマってる。そのチグハグさにちょっと笑ってしまった。

私のグラスを指差して、同じものをふたつ、と彼が注文する。

私たちの前にハイボールが届くと、頬杖をついた彼が私を覗き込んだ。


「思ったより元気?」


「どの口が聞いてるのよ」


「なんだ。もっと落ち込んでるかと思った」


「落ち込まないわよ」


「えぇ、やだなぁ。落ち込んで欲しいなぁ」


悪いことをする時、彼は右側の口角だけを上げて笑う。その顔のまま、ゆっくり近づきキスをされた。


「クズ」


「好きでしょう。クズ」


一杯だけで去った彼のコースターを眺める。

深い谷の淵に立った心地がした。落ちたらもう戻ってこれない深い谷。そして私はそこに飛び込むしか無いのだ。


一粒流れた涙は、誰のためのものだろう。



『あなたのための私だと誰も知らない

月さえ雲に隠される夜』

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