異世界で吸血鬼を目指すことになった人
「どうしてこうなった……」
狭くて暗い部屋の中、硬いベッドに寝転びながら、ついぼやいてしまった。部屋の外からは今生の父の罵声と兄の悲鳴が聞こえてくるが……兄を擁護する気持ちは全く出てこない。というか、今はそれどころではない。
俺の……いや、家族全員の将来が、あの飛びぬけたアホのせいで潰れるかもしれないのだから。
『アホ……オレノコトカ?』
「お前を持ってきた男のことだよ……覚えてないか?」
『アア、アイツカ。ナラ、イイ。オレ、ネル』
「魔剣って睡眠をとるのか……」
まぁ、静かにしてくれるならこちらとしても助かる。こうしていても仕方ないし、今後のために状況の確認でもしておこう。魔剣を所持すると、一見普通に見えても精神に異常が出ていたりするらしいし、基本的なところから……
まず、俺の名前はウラド・カーマイン。貧乏田舎男爵家の次男であり、地球の日本からの転生者でもある。転生に関しては気づいたら生まれ変わっていたため、特別に語るようなことはない。よくあるチート能力の類も、少なくとも自覚できる範囲では何もない。
そのため俺はごく普通……に生活していたつもりだけれど、前世で日本式の教育を受けていた分だけ、主に計算など学業の面で優秀な子供として育った。現在は14歳なのだが……困ったことに、本当に困ったことに、6歳上の兄から敵視されている。
兄は順当にいけばこの家の次期当主になる人物だけど、はっきり言って頭の出来がよろしくない。元から頭より体を動かす方が得意なタイプではあったのだけれど、俺が学業方向で優秀と言われ始めてからは、年上のプライドと次期当主の座を脅かされる可能性への恐怖から、俺に嫌がらせをするようになった。
父は兄に対して、厳しい注意と共に“貴族の慣例に従い次期当主は兄に継がせる”と何度も言い聞かせているけれど、それでも不安が拭い切れないのか、それとも父の言葉すら忘れてしまうのか……しばらくするとまた嫌がらせを始める。
尤も、次期当主とはいえ子供なので大した権限を持っているわけでもなく、父も兄を贔屓しているわけではない。嫌がらせと言っても年齢相応の、子供じみたことしかできなかったので、俺は子供のすることと半ば諦めていた。
俺は当主としての教育どころか、貴族として最低限の教育だけしか与えられず。日中は将来この家を出るための訓練を兼ねて、狩人の見習いとして働いている。言葉だけでなく待遇の差でも“次期当主は兄”と明示されていても理解しないのだから、お手上げだ。
「父さんは俺達の待遇に差をつけたかったわけじゃないのに。あいつが少しでも安心して落ち着くように、子供の俺に頭を下げてまでやってたってのに……あんな奴でも親として叩き直そうとしてた父さんが可哀想で仕方ない……」
父は親としての義務感だけでなく、俺が3歳の時に亡くなった母の墓前で俺達を立派に育てると誓ったこともあり、あんな兄でも自分の子として絶対に見捨てることはしない。そんな父の気遣いを無下にする。親の心子知らずとはこのことだ。
しかし、
「今回のことは、流石に父さんも庇いきれないだろうな……」
ベッド横の棚に置かれた、子供部屋に置かれる物としては相応しくない“狩猟用ナイフ”に目を向ける。これこそが先程俺と会話をしていた相手であり、兄がやらかした大問題。
まず、この世界の世界観・技術レベルは前世で言うところの中世だと思われる。魔剣と同様に魔法のようなファンタジー要素も実在はするが、素養が必要かつ習得は困難で一般的なものではない。
魔剣については、ファンタジー小説に登場するものを思い浮かべれば概ね間違いはない。魔剣によって性質は違うが、単純な刀剣としての機能に加えて何らかの特殊な効果を持っている。千差万別であるため魔剣同士の戦いでは相性や強弱もあるが、戦場で使えばミサイル並みの効果を出すものもあるそうだ。
ここまではメリットを挙げたが、魔剣にはデメリットもある。先程少し思い浮かべた通り、所持者の精神や肉体に悪影響を及ぼすことにも繋がるのだが……魔剣には意思があり、所有者を選ぶとされている。
そして魔剣は気に入らない者が抜くと、精神と肉体を乗っ取って暴れだす“無差別大量殺人者製造機”でもあるのだ。しかも所持する武器が魔剣という強力な兵器であり、乗っ取られた人間は傷を負おうが苦しもうが、自力ではまず止まれないからタチが悪い。
しかも適合したらしたで、それ以降の譲渡や破棄は実質的に不可能。魔剣と長時間引き離されたり、魔剣が破壊されたりすると、心身に異常をきたして持ち主は死亡、良くても廃人と化してしまう。
そんな代物を俺が手にしている現状。さらに兄との不仲と兄の不祥事。この2つ、いや3つが並べば、あの馬鹿が何をしたかは想像がつくだろう。
「馬鹿で嫌な奴だとは分かっていたけど、弟の誕生日に魔剣を贈るとか正気かよ!?」
いくら俺に消えて欲しいと考えていたとしても、俺だったら絶対に取らない方法だ。なにせ想定される被害が大きすぎる。俺は魔剣にとり殺されるとしても、周囲の人間まで巻き込んで殺される可能性が高い。そんなことをアイツは、よりにもよって“実家”でやりやがった。
まず、それほど危険で厳重に管理や規制をされているはずの魔剣をどうやって入手したのか? ということも疑問だけれど、これまで一緒に暮らしてきた父親や使用人達まで巻き込まれることを考えなかったのか? 考えてなお実行したのか? これが理解できない。
命を狙われるにしても魔剣だけはないと思ってたから、俺もプレゼントに驚きはしても疑いはしなかった。父もその場にいて、俺から取り上げなかった。俺が喜んで、自分の目の前で魔剣が引き抜かれることもありえたはず。その場合は家族どころか自分の身も危ないだろう。
魔剣の危険性は様々な話が史実として語り継がれているし、童話にもなっている。だから平民の子供でも知っていること。魔剣についての知識がないということはありえない。つまり兄はあれが魔剣だと知らなかった……と思いたいが、その線もありえない。
アイツが魔剣を渡してきたのは誕生日の朝。夜に家族と使用人でささやかな祝宴を開く予定で、本来ならその時にプレゼントが渡されるはず。しかし、兄は“友人が怪我をしたらしいので見舞いに行く”という理由で、渡してすぐに急いで家を出たのだ。
そして誕生日から4日が経ってようやく、おそるおそる帰宅。これはもう知っていて逃げたとしか思えない。
「……ダメだ、考えれば考えるほどアイツの思考回路が理解できない」
「まったくだ」
「ッ!? 父さん、いつの間に?」
「声はかけたが、返事がなかったのでな。魔剣のこともあるので入らせてもらった。問題はないか?」
思考に没頭しすぎて、ノックが聞こえていなかったようだ。目の前には疲れと心配を顔に浮かべた父、そして背後に警備の者が2人控えていた。
「失礼しました」
「構わん。今の一言で何を考えていたかは理解した。私も同意見だからな。頭を悩ませもするだろう」
問題はないと判断した父が軽く手を振ると、二人は下がって扉を閉める。父は俺の寝ていたベッドの縁に腰掛け、気まずい沈黙が流れるが……聞かねばならない。
「兄は、どうなりましたか?」
「ひとまず地下に放り込んだ。休ませず徹底的に締め上げるつもりだったが、一晩だけ頭を冷まさせることにした。今はあやつも気が動転しているようだったからな」
「気が動転しているというのは?」
「……魔剣の出所は、街の路地で怪しげな商人から買ったと言っていてな。本物の魔剣かどうかは定かでなかったらしい。偽物を掴まされた可能性は考えていても、お前が魔剣に認められるとは考えていなかったのだろう。
尤も、僅かでも本物の可能性があるものを発見したのであれば即座に通報など、身分を問わず適切な対応が求められる。個人で密かに購入する時点で問題だが、それを隠して贈るのも問題。どう転んでも罪にしかならん。
ウラドが魔剣を御せたのは僥倖、被害が出なかったことに感謝すべきだというのに……」
制御できていなければ、こんな事をしている暇もなかっただろうからな……
今回の暴挙には父も流石に堪忍袋の緒が切れたようで、父は今にも人を殺しそうな顔をしている。おそらくではあるが、兄に時間を与えたのは自分も頭を冷やしたかったのだろう。
「魔剣の様子は? 体に異常はないか?」
「自覚している症状は特にありません。狩猟で得た獲物を解体して、血を吸わせれば満足するようです。血であれば人でも獣でも、こだわりはないようです」
「そうか、聞いてはいたが本当に運が良かったな。魔剣に伴う代償としては軽い方だろう。自我が芽生えたばかりの魔剣は幼児同然、欲求に忠実で制御が難しいとも聞く。しばらく屋敷から出すわけにはいかんが、獲物は届けさせるから必要なだけ吸わせるといい」
「ありがとうございます」
俺の魔剣は肉を切り血を吸うことを一番に望んでいた。会話は拙いが、血さえ与え続ければ割と素直に話を聞いてくれるようなので、血の確保ができるだけで安心感は段違いだ。最初に魔剣を抜いたのも、解体の作業場で本当に良かったと思う。
「魔剣の能力は、以前の報告から変化はないか?」
「はい。現在の能力は“鋭い切れ味”、“頑丈な刀身”、“血を吸うことで刃こぼれ等が修復されること”、そして“若干の形状変化”です」
「前の3つは全ての魔剣で共通するもの。魔剣特有の力は形状変化だな。……この変化はどの程度か、もう少し詳しく教えてくれ」
「原型は狩猟用ナイフですが、骨すき用の細身になったり、骨を断ち切るのに向いた重厚な牛刀になったり。包丁にもできます」
「剣には?」
「大きさの限界があるようで、あまり刃渡りのある刃物にはなれないようです。少なくとも今のところは」
「むぅ……それだと戦力としては心もとないな……魔剣は成長するというから、将来に期待するしかないか」
「やはり、王家に報告するのですね」
「それしかあるまい。魔剣は本来、国で厳重に所在が管理されているものだ。発見・確保した場合、必ず届け出ることが法で定められている。魔剣所持者も然り。
……報告をすれば必然的に、アラドの愚考も知れ渡るだろう。息子の不祥事は、親である私の教育と監督が行き届かなかった結果。私は全ての処遇を王家に委ね、共に粛々と処罰を受け入れるつもりだ。
ただし、お前はまだ幼い。そして被害者でもある。私の全てと引き換えにしてでも、お前だけには慈悲をいただけるように嘆願する。魔剣所持者は国にとっても貴重な人材。不自由はあれど悪い扱いはされないはずだ。
魔剣の力がもっと明らかに強ければ――いや、それはそれで制限がかかると考えれば、お前の魔剣は形状変化で良かったのかもしれんな」
魔剣に認められた人間は、“魔剣使い”か“鞘”と呼ばれる二通りに分かれる。前者は国や貴族の持つ軍などに入り、魔剣の力を戦力として積極的に使う道。後者は魔剣を所持していても、暴走を抑制して安全に管理することに専念する道。
魔剣といえど、能力や所持者の性格が戦闘に向いているとは限らない。危険物を安全に管理できるだけでも国としては有用なので、鞘という生き方が認められている。俺の場合も殺さずに活かしておく方が得、ということで連座で死刑は免れる可能性が高い。
尤も、死刑を免れるだけで監禁生活になる可能性、あるいは強制的に軍に所属し戦場に放り込まれる可能性はあるのだけれど……ここで言うべきではないな。
「……兄の方も、お前の十分の一でも状況を理解できるだけの頭があれば良かったのだがな……」
俺の顔を見て察したのか、父は儚い笑みを浮かべてベッドから立ち上がった。
「私は王家に手紙を書かなくてはならん。お前はもう休みなさい。魔剣に対抗するためにも、心身を強く保ちなさい」
そう言い残して部屋を出る父を、一礼して見送る。
こうして言葉を交わす機会があと何度あるのだろうか……
『チカラ、ツカウカ?』
「! 寝てたんじゃなかったのか?」
『人、キタ。起キタ』
「ああ、父さんが来たからか……今は使わないよ」
『ソウカ……オマエ、血、クレル。オレ、従ウ。オマエ、オレヲ、吸血鬼ニスル。約束、守ル』
……父にも言っていないが、俺が助かった理由がもう1つあった。本当に偶然、血を吸う魔剣を見て“吸血鬼みたいだ”と呟いたところ、これが魔剣の興味を引いたのだ。
魔剣は生き物を殺すことで徐々に成長し、成長に伴って能力も増えていくが、この成長の方向性は芽生えた自我が選択するらしい。そして、この魔剣は俺に引き抜かれるまで方向性を決めておらず、俺が必死に説明した吸血鬼の話でイメージが固まったとのこと。
その流れで俺は、魔剣の成長を助けるアドバイザー兼所有者に認められたわけだ。
「分かってるよ。今後の状況がどうなるかは分からないけど、最大限お前の強化をサポートする。俺も死にたくないからな」
『ナラ、名前、ツケロ』
「そういえば言ってたな、吸血鬼に相応しい名前が欲しいって……分かったよ。お前の銘は“ツェペシュ”。こうなった以上、俺とお前は一蓮托生だからな? 俺の名前も合わせて“ウラド・ツェペシュ”、俺の世界で一番有名な吸血鬼の元ネタだぞ」
『ツェペシュ! 世界一! オレハ、ツェペシュ!!』
これも運命というやつなのか、名は体を表すということか……
将来は分からないけれど、ツェペシュと吸血鬼を目指す人生になることだけは確実だった。




