第86話 情勢 《挿し絵あり》
テンポスとクロニアの間には、広大な荒れ地があった。
荒地と聞くと、西部劇のような見渡す限り土で、風でコロコロ石が転がるような風景を思い浮かべるかもしれない。
が、ここいらの土地はもう少し肥沃だった。
荒地とはいっても湿地帯もあったり、腰ぐらいまでの雑草があたり一面に生え渡る感じだ。
自然、農地にうまく転用できるのではないかと言われていた。
いかんせん広すぎてどこから手をつければいいのかわからないのと、
クロニアには60,000人の人口を抱えられるだけの農地が既にあったため、なかなか話が進まずにいた。
ところがそうとも言えなくなってきた事態がこの世界では起きている。
クロック王国は鎖国状態のため国民には他国はわからない。
だがもちろん、王国の中枢においては世界の情勢について十分な情報を得ていた。
そして貿易もお隣のタラブ王国とだけは長く取り行っていた。
クロック王国は半島国家である。
北、東、南を海洋に囲まれているため、海の防衛力は凄まじく高い。
これだけなら、西側から攻められたときにすぐ国を落とされてしまう。
と思われがちだが、西側にはホログ山脈という3000メートル級の山が多数存在する天然の険があった。
よって、世界でも珍しいほどの防衛国家ができた。それがクロックだ。
ホログ山脈の西側にあるタラブ王国はクロック王国と比べると5倍ほどの面積があった。
南側は海だが、それ以外は数々の国と国境を成している。
特に西側のピクス共和国とは、長年激しく紛争を繰り返している。
それだけではなく、近年は北側のマガラ共和国とも抗争を広げていた。
よってタラブ王国は常に物資が必要な状態と言えた。
タラブとクロックは長年良い付き合いをしてきている。
もちろん昔は小さな紛争はあったものの、クロックが西への進出を企てないことから、タラブにとっても付き合いやすい存在として、ここ数百年は良好な関係を保っていた。
クロック王国は基本的には肥沃な土地だが、タラブ王国はそうでもない。
特に穀物の生産において、タラブとしてはクロックからの輸入を増やしたいと思っていた。
西のピクス共和国と北のマガラ共和国。
これはどちらも共和制を敷いているため、君主制を取るタラブ王国とは、考え方がそもそも相容れなかった。
クロック王としては、もしタラブ王国がいずれかの国に敗北してしまい、その状況が国民に知れ渡ってしまったとき、
このまま君主制を保てるかどうか心配だった。
最悪、民が暴発してクーデターでも起こされたらたまらない。
そうならないように律動連盟との関係性も深くして、あえて王の権力を大きくしすぎていないようにも見て取れた。
クロック王は世界の情勢もある程度つかんでいて、
今の君主制がこの世界では少数派になっていくであろうとの先見性を持っていた。
「とまあそんなわけで、この地域の開拓事業は、全てクロニア聖拍院が請け負ってるのよ
そのリーダーが私ってわけ」
ジルは丁寧に今の状況をシュンとライドンに説明してみせた。
ここはテンポスとクロニアのちょうど間に広がる、ムアーレ草原と言われる大草原地帯だ。
昨晩ジルは、頼んでいたテンポスでの人材獲得の件をパイスから報告され、シュンとライドンを託された。
一夜明け、三人は早速この草原まで来ている。
朝早く出立したため、まだ午前中だ。
ジルは二人よりも少し身長が高く、傍から見ればお姉さんと弟二人に見える。
「あの、すべて初めて聞いた話なんですが、そんな秘匿されてるような情報をぼくらに話してよかったんでしょうか?」
「そうよ、だから人には話さないでよね」
「はい、もちろんです!」
「でももうこの国も情報を遮断し続けられないと思うわ
そんなこと言ってられない状況になってきてるもの
テンポスの連中だってタラブ王国の事はなんとなく知ってるし、民草もそんなに馬鹿じゃない」
「国境を接してるのがタラブだけってわけだから、今は外交交渉や貿易的なこともタラブとだけやってればいいけど
世界を見渡せばエルトリア共和国の膨張が凄すぎて、世界は今飲み込まれそうなんだから」
「そ、そうなんですね…ライドン知ってた?」
「おれが知るわけないだろ
師匠、そのエルトリアってどんな国なんですか?やっぱりクロック王国とはだいぶ違うんですか?」
「ライドンちゃんも世界に出て見聞を広めないとね
エルトリアは恐ろしい国よ、世界のすべてを従えようとしているわ
放っておいたらこのクロック王国だって、10年もしたら飲み込まれちゃってるかもよ」
「……そんな」
「まぁいいわ
そんなことになったら嫌だもんね、だからあなたたちは強くならないとダメよ」
「私のレベルは今800そこそこ
でもエルトリアには、1,000を超える連中がゴロゴロいるのよ」
「レベル1000ですか?」
「まぁ、私も話に聞いたことしかないんだけどね
あなたたちはこれからここに泊まり込みで働いてもらうのだけど、やることを説明するわね」
「まずは武器を出してもらおうかしら」
ブゥン…!
真っ白なラメ入りのドラムセットを顕現させるシュン。
ジルは一瞬ハッとした後、まじまじとそれを観察した。
「そういえば、あなたドラムセットを使うのよね
面白そうね」
「ジルさん、ドラムを知ってるんですか?」
「そうね、なんといってもエルトリアを巨大国家に膨張させたのは、そのドラムセットを生産できる体制が作られたからだからね」
「え、そうなんですか?」




