第82話 ジル 《挿し絵あり》
ジルが律動連盟に初めて加入してから13年が過ぎていた。
拍を覚えたての頃は、とにかく練習が楽しかったし、覚えた技で人とバトルすることも、自分にとっては仕事ではなく、純粋な趣味だった。
連盟に所属して5年も過ぎると、もう自らタスクを追いかける事はなくなっていた。
彼女への仕事は案件として向こうからやってくるのが当たり前となっていた。
ドラゴン討伐。
最年少でのクロニア学院での外部講師就任。
モデロ川での治水工事の成功。
クロック王から勲章を得て以降、彼女の仕事は拍とは関係ないものが多くなっていた。
実戦に赴いてのモンスターの討伐などは、もう久しくやってない気がする。
そのことに対し、疑問を抱いたり葛藤することも、今はもうなくなっていた。
自分は世間の歯車なんだと。連盟の道具であるということを受け入れていた。
その日は朝からはっきりしない天気で、曇り空からパラパラと雨が落ちてはやんだりを繰り返していた。
ジルは晴天よりもそんな湿り気を含んだ空気の方が好きだった。
コーヒーを入れ、クリーム色に金色のラインの入ったクロニアの制服に袖を通す。毎朝のルーティーン。
そして、部屋にある無数の振動計をチェックする。
(………これは)
(デュエルに連絡が必要だわ。)
この世界に電話のようなものはない。
ただ、振動の技術の発達から空気の流れを利用して、簡単な文字を打ち込む電報のようなものはあった。
ジルの部屋には、その場でいくらでも仕事ができるよう、あらゆるものが用意してあった。
というか、彼女はクロニアの聖拍院にそのまま居住している。
何でもやりたい仕事は、いつでもやり放題なのだ。
すぐさま振動報の機械を出し、短い文章を打ち込んだ。
「レゾヌス シンニュウ シャ アリ」
振動計というのは、いろんなことで役に立つ。
例えば、テンボスの街。
街を囲む城壁は、せいぜい2、3メートルだ。
これでは動物の侵入は防げても、人間は簡単に入ってきてしまう。
だが、壁の各所には小型の振動計が取り付けられ、乗り越えてこようとするものの動きを感知するとテンポスの聖拍院にすぐ連絡が行くことになっている。
同じような仕組みで、天井が崩れ1度は探索を断念したレゾヌス遺跡。
ここにはジルが侵入者を認識するための迷彩型振動計を取り付けていたのだ。
もちろん熟練の者であれば、この罠にはすぐに気づく。
だが、そこはクロック王国随一の使い手であるジルが取り付けた振動計だ。気づきにくいように工夫を凝らして取り付けてあった。
(一体、誰が…?)
ジルはいずれにしろ、テンポスの街には向かうつもりでいた。
今扱っている案件は、人数が必要だったし、それには若いライドンがちょうどいいと思っていたから。
彼女はそのまま居室から廊下へ出た。
できれば、今日中にテンポスへ着いておきたい。
異変が起きているのは明らかだから。
「ジル、何があった?」
そこへ、クロニアのボスが声をかけた。
クロニアの振動報からテンポスへ、ついさっき連絡が行われた。もちろんボスは心得ている。
「わからないわ、良いことでないことぐらいしか」
もちろん、ジルにもわからないから答えようがない。
「そうか、今からテンポスに行くんだろう?
ムアーレの件だが、官庁にはどれぐらいかかると言ってあるんだ?」
「3ヶ月と伝えてあるわ
まぁ、ちょっと多く見積もってるけどね」
「長いなあ
お前にはやってもらわなきゃいけないことが、あと2つ3つあるんだよ
テンポスの事は、テンポスの奴らに任せてくれないか?」
「そのつもりよ、もちろん仕事は受けるけど、あなたができることだったらあなたがやってよね
私ばっかり働かされるのはごめんだから」
「おお、怖い やりますよ
ただ、名指しの案件とあっちゃ他人がやるのは悪いだろ?」
ジロリとボスを見やるジル。
ジルの方が、わずかに身長が高い。
「わかったわ、テンポスの事はテンポスの連中にっていうのは確かにその通りだものね
じゃあ先にムアーレに寄ってから、テンポスに行くわ
でもどっちにしろ、テンポスの連中の手も借りたいのよ」
「待て、行くならデコイとスーノも連れてってくれないか?
明日には作業にとりかからせてほしい」
「今いるの?」
「まだ来てないな、
来たらすぐお前を追いかけさせるよ
あとプリーストの律動師も来てたろ?
あれも向かわせてほしいのだが」
「ふぅ、いいわよ
多分明日ならいけるから
三人揃ったらムアーレまで向かわせて」
「うむ、ありがとう」
どっちがボスなのかわからないようなやりとりが続いた。
そのままクロニア聖拍院の厩舎から馬を駆って出て行くジル。
王国一の使い手でありながら、お供1人連れないで行動する。それが彼女のやり方だった。




