第26話 追及
「ほんとうの、ほんとうに?」
目を輝かせるイスト。
イストの圧力に思わずのけぞるライドン。
「おれにできることだけだぞ?」
「できるわ、半年くらい前にテンポス領の北東部に誕生したダンジョンがあるわね」
「……あそこに立ち入れるかオフィシャルに掛け合ってほしいの」
真っ直ぐにライドンを見つめながら言うイスト。
ライドンは困った表情を浮かべる。
「イスト、それは難しいよ
おれにはできないことだ」
「レゾヌスの遺跡はおれたち律動連盟だけじゃなくテンポスの街の行政まで関わっている場所なんだ
おれ一人でどうこうできる話じゃないよ」
一気に不満げな表情に変わるイスト。
「あのさ、あたしが言ったのはあそこに立ち入らせるか掛け合ってくれってことよ」
「あなたがそれをやってダメだったらそれでいいの
やりもしないで、それでも男なの?」
さすがのライドンにも堪えるパンチだ。
「イスト、レゾヌスの遺跡は年代すら判明していない
1,000年以上前のものとも言われてるんだ
もしかしたら女神様の祀られたものとしては最古のものかもしれないんだ
それは失われた文明においてはテンポスがクロック王国やお隣のタラブ王国よりもずっと歴史が深い地であることすら証明できるものだ」
「部外者をおいそれと入れるわけにはいかない
一体どんな理由で足を踏み入れるつもりなんだ?」
(ライドンの言うことはもっともだ
というかタラブ王国という初めての名前が出てきたな)
イストは反論する。
「あの遺跡はまだ一般人には入場が許されてないわ
テンポスのオフィシャルの連中も発見から半年たってもまだほとんど解明できてないんじゃないかしら?
一般公開がないのがその証拠でしょ?」
「もしかしたら貴重な鉱物があるかもしれないわ」
期待外れの返答に、がっかりした表情を浮かべるライドン。
「イスト、そんなことでお前に許可を与えるわけにはいかない
結局宝石が目当てなのか?だから女ってやつは」
イストの顔には隠しきれない不快感が出ている。
これはまずい、シュンがたちまち仲裁に入る。
「ライドン、イストはお金で買えないものを得たいんじゃないか?
お姉さんの結婚祝いにあげるものはお金で買えるものではなんの意味もない
それなら君はそれに協力してあげるべきじゃないか?」
ライドンはハッとする。
イストはほんの少しだけ表情が緩む。
「あ、イスト…すまない
おれが悪かった、なにかやってみよう
そうだ、ひとまずギルドのボスに相談してみるか」
「…だが、あそこはテンポスの律動師たちが本気で踏破を試みても最初の段階で全く進めなくなってしまう難儀な場所なんだ
50メートルも進んだところでもう古代文字が出てきて解読できなければたちまち引き返さざるを得なくなってしまう」
「おれたちにはとてもお手上げで今クロニアで専門家を探してるところなんだよ」
「……一体どうやってボスを説得できるか」
ふと余裕の表情を浮かべるイスト。
「ライドンちゃん、こっちには神座がいることを忘れたのかしら?」
「えっ、神座となんの関係が…?」
ガクッとずっこける仕草のイスト。
「あのね、あんたほんとに女神様のこと以外興味ない人なのね」
「タルネがなぜこんなに無口…というか言葉が少ないのかわかる?」
首を横に振るライドン。
「タルネは古代から女神様の言葉を伝えてきた神座の子孫なの
できるだけ女神様の言葉を反芻できるよう自らの言葉は控えているのよ
当時と文明が違って言葉の発音は変わっても脳裏に描いてる文字のかたちが1,000年以上前の前文明のものと変わってない可能性は十分あるわ
王朝が変わっただけで土着の民族がそのままだった場合も考えうるもの」
「つまりタルネなら、古代語を読めるかもしれないってこと」
(この世界はイメージの振動で会話をしている、
おれもなぜかこの世界の言葉が日本語と同じに聞こえているのはそのせいかもしれない
神座が『古代人と同じ文字感覚』も持ち合わせていればそれを解読できるかもというイストの説には説得力がある……!!)
シュンは初めてイストのことをちょっとだけ賢いと思った。
「レゾヌスの遺跡を踏破できれば新たな女神伝説が始まるかもしれない、違う?」
ライドンの扱いがわかってきたかのように手玉に取るイスト。
「それは…確かにそうだ
やってみる価値はあるが…」
気の進まなそうなライドン。
「わたし、自信ない」
タルネは自信がないようだ。
「タルネ、大丈夫よ
あなたなら絶対できる
だってわたしたちには女神様がついてるんですもの」
パッとシュンの方を向き、ウインクするイスト。
不意をつかれたシュンは少しドキリとした。
「わかった、ボスに相談することだけは引き受けるよ……」
あからさまに肩を落としテンションの下がるライドン。
対照的にイストは勝ち誇ったように笑みを浮かべていた。
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シュンとライドンは夕暮れのテンポス城内を並んで歩いていた。
空はすでに色を失い、街路に落ちる影がじわじわと濃さを増している。
通りは薄暗く、家々の窓にぽつり、ぽつりと灯りが入り始めていた。
「ライドン、思うんだけど、君は大人たちの前だといつも縮こまって見えちゃってたんだけど
自分ではそう感じないかな?」
今まで受けていた印象を率直に伝えるシュン。
ライドンはあからさまに嫌なところを突いてきたな、という顔をしてみせた。
「シュン…そうだよ
だからなんだよ?仕方ないだろ
律動師は軍隊と言わないまでも年功序列、命令絶対」
「こんなとこに3年間もいて、大人に忠実にならない方がおかしいだろ?」
「師匠だって、超厳しいんだぜ」
(師匠?ユウナから聞いた話か!)
「ライドン、その師匠ってさ
おれにも紹介してもらえたりするのか?
できたら稽古をつけてほしいのだけど…」
「ああ、いいぜそれくらい
次にこの街に来るのはいつだったかな…」
「師匠は基本的にクロニアにいるけど、お隣のタラブ王国にも招かれて行ってる凄腕なんだ
ただ、指導料はなかなか絞られるぞ」
シュンにはなかなかそのイメージは湧かない。
「いくらくらいなんだ…?」
「それが…
わからないんだよな、おれへの指導料は律動連盟から出てる 結構高いって本人は言ってるのだけど」
シュンはイストの気持ちを深く理解するようになっていた。
今ではイストの側の人間だ。
「ライドン、なんとなくわかったから、ひとまず今度会えそうなときに教えてくれ」
「それよりも、このあとギルドに行くんだろ?ボスってどんな人なんだ?」
「シュン……すでに気が重いんだよ、想像させないでくれ」
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聖拍院の2階は、院長室と職員室が向かい合うように配置された間取りだった。
壁も天井も白を基調としており、その白は清潔というより、無音の威圧を孕んでいる。
院長室の扉は重厚な木造りで、聖拍院のシンボルマークが刻まれ、まるでこの建物の心臓部を守る盾のようだ。
ライドンは緊張しながらドアをノックした。
「ボス、失礼します」
「おう、ライドンか 入れ」
中へ足を踏み入れると、部屋の奥で一人の中年の男が、ひときわ大きな椅子に身を沈めていた。
その手前には、重厚なテーブルが据えられている。
男の髪にはところどころ白が混じり、顎には手入れの行き届いた立派な髭を蓄えていた。
使い古された纏いは、テンポス連盟を象徴するクリーム色に青のラインが走り、使い古した布地は彼の経験を静かに物語っている。
それでもライドンのものよりも、幾分か上等に見えた。
「なんの用だ、今日はタスクはないんだろ?」
「あ、はい
実は折り入って相談したいことがありまして
レゾヌスの遺跡のことなのですが、わたしの方で古代語の解読ができそうなものを発見いたしました」
「ほう、何者だ」
「はい、その者はオームの聖拍院にて律動師を務めているのですが、
女神様のお言葉をお伝えする神座の一族であります、かなり信憑性がある話で…」
「ならぬ」
「…はい?」
「ならぬ」
ボスの目線は一瞬も逸らさずにライドンを射抜き続ける。
「貴様、なぜテンポスの律動師たるものがオームのプレイヤーとつるんでおる」
「さらに、ここ何週間かアマチュアの出自もわからぬものと勝手にタッグを組みタスクに出ているとか」
たまらずライドンの体から脂汗が噴き出す。
「その制服の意味をどう心得ている」
「どういうつもりかここで説明してみせろ
場合によっては評議にかけ、貴様から連盟の資格を剥奪することになるぞ」
「あ、あ……」
意表を突く追及にライドンの顔は青ざめ、視線は定まらず、やがて膝が震え出した。




