第25話 イストの過去
「本当に素晴らしい体験をありがとう、タルネさん
そしてシュン、君という友だちを持って今日ほど誇りに感じたことはない」
「改めて言う、永遠にパートナーでいてくれ
二人で女神様のために骨身を惜しまずに働こうじゃないか」
(まるで生きる意味を見つけたみたいな言い方だな)
「ライドン、なんか気持ち悪いから普通でいいよ」
「ライドン、変」
三人はずいぶんと打ち解けたように見えた、でもイストはひとり輪の外側にいた。
その小さな背中には複雑な表情が張り付いているようだった。
「ライドン、あんたもう仲間になったと思わないで」
「シュン、あんただってタルネがいなかったらここまで来ることだってできなかったんだから
いい気にならないで」
シュンとライドンは顔を見合わせた。
「あのさ、お前最初からずっとなんなんだよ
おれのことずっと勝手に悪く言ってるけど、おれの何がわかるんだよ」
「わかるのよ!
たった12才でオフィシャルの律動師になるなんて、さぞや気分が良かったでしょうね!」
語気を強めるイスト。言葉の端々に苛立ちが滲み出ているようだ。
「お前…おれはみんなに認められてテンポス律動連盟に迎えられている
加入したあとも師匠とずっと修行に励んできた
何も知らないで何をほざいてやがる」
「それがぬくぬくしてるって言うの!」
「あんたなんかそんなに才能あるの?あたしは…あたしだって自分でずっと頑張ってきたの」
イストの目が燃えている、小さな肩は小刻みに震えていた。
「イスト…」
そっと近づき、イストに寄り添うタルネ。
「ライドン…なんか事情があるんじゃないか?」
シュンは小声でライドンに話しかける。
「事情ったって…こいつが言ってることはめちゃくちゃだ」
キッとシュンを睨みつけるイスト。
「テンポスの律動試験を受けるにはお金がいるの…うちにはそんなお金全然ないんだもの」
「えっ…そうなのか?ライドン」
「あ、それは…そうらしい
おれは特例みたいでうちの父ちゃんはお金は出してないみたいだけど、普通は結構高いみたいだ」
口を噤むライドン。
シュンは様子を伺いつつイストに言葉をかける。
「あのさ、イスト
お金がないなら貯めればいいじゃないか
それで改めて試験を受けたらいいだろ」
「…そういうこと言ってるんじゃないの、
もう…いや!」
そのとき、遠くから呼ぶ声がした。
「おーい、そこにいるちびっ子四人組
なにしてる〜」
声の主は見るからに村人といった感じのおじさんだった。
日焼けした肌に色あせた亜麻色のチュニックに、擦り切れた革のベストを羽織っている。
「ゴップおじ」
「ちびっ子四人組って、おれたちもう大人だけど」
ライドンは言うが、165センチのシュンがメンバーでは一番の長身だ。
「お〜、イストとタルネでねが
ちょうど昼の休憩の時間だったんだお茶でも飲んでいきなさい」
「ゴップおじ、ありがとう」
「あ、ありがとうございます」
四人は彼のあとについて、百歩ほど先まで歩く。
「ここがオームの聖拍院じゃよ」
オームの聖拍院は年季の入った建物だが、手入れが行き届いていて清潔感があった。
テンポスにあったようなシンボルマークはなく、シンプルな木の温もりが感じられる。
中はテンポスよりひと回り広いようだ。
中に入ると、おじさんは綺麗な陶器にお茶を入れて持ってきてくれた。
「さ、マドリの茎で作ったお茶じゃ
冷たくて美味しいぞ」
「ありがとうございます」
口に含むシュン。
「あ、これは…美味しい」
「そうじゃろそうじゃろ
そっちのあなた、もしかしてライドン様じゃないかえ?」
「あ、そうです
お茶ありがとうございます」
「テンポスの律動師様がいらっしゃるのはほんとに光栄なことじゃ
さっきはちびっ子とか言ってすまなんだ」
「あ、いえ、おかまいなく」
(ライドンって年上にはちゃんと出来るんだよな…)
「ゴップおじ、いいよそんな気を使わなくて
こいつら本心ではオームのこと見下してるんだから」
「イスト、
お前はまたそんな言葉遣いで…
姉さんが悲しむじゃろ」
イストは無言のままゴップおじを睨み据えた。
シュンは困ったようにイストに話しかける。
「なあ、イスト
テンポスの律動連盟になるためにお金がいるんだろ?
おれたちと一緒にテンポスのタスクもやったらいいんじゃないか?
そしたらすぐ貯まるかもよ」
それを聞いたゴップおじは少し驚いた表情を見せた。
「ん、イスト
お前お金はあるじゃろ?使ってないのか?」
イストはこぶしを握りしめてわなわなと震えた。
「もう、いやーっ
みんな嫌い、大嫌い!!」
叫ぶように言い放つとイストは走り出して聖拍院から出て行った。
「イスト」
タルネがすぐそのあとを追いかける。
呆然とするシュンとライドン。
「あの…
ぼくは何が変なことを言ったでしょうか?」
「いや、君は悪くないと思う
そうか、イストはお金を使わなんだか…
なんとも不器用な子じゃ」
「あの、よかったら事情を教えていただけませんか?」
「ああ、しかし本人のいないところで話すのも気が引けるが…」
「僕たちイストと仲良くなりたいと思っています
きっと役に立ちます、信じてください」
「そうか…わかった信じよう」
ゴップおじはそう言うと、ふと遠くへ視線を投げ、何か想いにふけるようにしばらく沈黙した。
「……イストの家はな、父親が早く病死してしまって、お母さんが女手一つでルストとイストの姉妹を育ててたんじゃ
この村はみんなで助け合うでな、それでも大きな苦労はなくやっていけたんじゃ、しかしな」
「お金はなかなか作れないもんじゃ
なんせ村人みんなお金なんてないわけじゃからの」
シュンとライドンは、ゴップおじの語る言葉一つひとつに耳を傾けていた。
「そんななかイストに律動師の才能があることがわかっての、近所の人は大いに期待したんじゃ
本人もそれがわかって、毎日頑張って何か練習しとったわ」
「でもオームの聖拍院はそもそも律動師の数が数人しかいない
中には強いものもおったが、みんな師匠がおらんから感覚だけでやってる連中じゃ
誰もイストに指導なんかできんじゃで」
「……イストの不満は募ってたけど、よう我慢しとったんじゃ、
そんな中でな」
ごくりと息を呑み、次の言葉を待つ二人。
「クロニアの商家の息子さんが、代替わりで初めて村に来たんじゃ
目的はマドリの木の売買でな
村でも貴重な現金の取引きじゃ、来てくれるのは嬉しいのじゃけど」
「奴さん、村いちばんの美しさを持つルストに一目惚れしてしまっての」
「すぐにルストに求婚してしまったのよ」
話の全体像が少しずつ見えてきた。
シュンとライドンは互いに目で確認し合う。
「ルストもずいぶん悩んでたよ
それでもその家に嫁ぐことに決めたのさ
母さんもいい年じゃ、楽させてやりたかったじゃろうし」
「イストは猛反対しとったよ、お金目的の結婚なんて、絶対嫌だって
大好きなお姉ちゃんじゃったからな
優しくて聡明な、いい姉さんじゃった」
「ゴップさん、ありがとうございます」
「ライドン、おれたちもイストを追いかけよう
きっとすぐ近くにいる」
ライドンはまだ何か言いたげな様子だったが、シュンに続いて腰をあげた。
外へ出ると、少し開けた場所にある切り株に、身を寄せ合うように座っている二人の背中がすぐに目に入った。
「イスト、大丈夫?」
「ゴップおじさんから少しだけ話を聞いちゃった
おれたちに何かできることはないかな?」
イストはもう息も穏やかになり、落ち着いたようだった。
長い髪をたなびかせるイストの横顔はハッとするほど美しかった。
(イストだって原宿を歩いてたら何人にスカウトされるかわからないぐらい綺麗な顔だよな
ルストお姉さんってどんな人だったんだろう)
「ありがと、もういいの
あなたたちは悪くない、あたしのせいなの」
「全部わかってるの、でもイライラしてどうしようもないんだ」
自嘲気味に悲しく笑うイスト。
ライドンが口を開く。
「イスト…
癪だけどさ、おれが夢を叶えられたのはお前のおかげでもある
何か望むことはないか?できるだけやってあげたいけど」
しばらく俯いていたイストだが、はっと思い出したように顔をあげた
「本当になんでも言うこと聞くの?」
ライドンはギョッとした。




