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第21話 イストとタルネ 2

二人の目の前に現れた少女は、黒く長い髪を風に揺らし、鳶色の大きな瞳をこちらに向けていた。

その瞳は美しく、そしてはっきりとした敵意を宿している。燃えている、という表現が一番近い。


「おい、お前何もんだ?

勝手に人から獲物を奪うっていうのは、行儀が悪いんじゃないか?」


ライドンは、少女に突っかける。


「笑わせないで

あれはバトルじゃないわ、ただまごついてただけじゃない」

「バタバタしちゃって、馬鹿みたい」


ライドンのこめかみに、ぴくりと青筋が浮かぶ。

明らかに苛立っていた。


「その格好を見ると、テンポスの律動師じゃないだろ?

どこの所属だ?お前の所のギルドに掛け合ってやってもいいんだぞ」


「何をごちゃごちゃ

男なら、自分たちのバトルがしょぼかったことを恥じなさいよ

それをオフィシャルを笠に着て、上にチクろうって言うわけ?」

「身長だって男の子なのに、私と変わんないくらいちびね

その上、器も小さいだなんて、救いようのない馬鹿」


ライドンの顔が、みるみる赤くなっていく。

特に身長に触れられた瞬間、感情の堤防が決壊しかけた。


「なんだと貴様、同じ律動師として冷静に対応してやろうとしたのに、その態度許さん」


「ライドン、落ち着けよ」

「君、言い過ぎじゃないか?」


間に入るように、シュンが一歩前に出る。


「あんたむかつくのよほんとに、

その格好プレイヤーじゃない

なんでプレイヤーとオフィシャルが一緒にやってるわけ?

そんなの見たことない」

「プレイヤーの方が強いならまだしも、オフィシャルの足を引っ張ってるだなんて

私たちのギルドだったらありえないし、笑いものよ」


「なっ……

もしかして君は昨日から僕らをつけ回していたんじゃないか?」


問いただすシュンに、少女は一切怯む様子を見せない。


「だったら何だっていうの?

私たちだってタスクがあるんだから

この森は、あなたたちだけのものじゃないのよ」

「あなたがふざけた楽器を使ってるから、この子が怖がって近づけなかったんだから」


「……この子?」


シュンは思わず周囲を見回す。

だが、そこにはキバの取れたウサギと揺れる木々しかない。


「あれっ、タルネ!タルネどこに行ったの?

出て来なさいよ!」


「イスト……声大きすぎる

モンスター逃げちゃった」


茂みが静かに揺れ、その奥からもうひとりの少女が姿を現した。

肩までの金色の髪、頭には少し歪んだ形の帽子。

視線は定まらず、こちらを見るたびにすぐ伏せてしまう。

大きな瞳は不安げに揺れ、まるで怯えた小動物のようだった。


怒りを抑えきれないライドンが、イストに鋭い視線を向ける。


「お前さ、ずいぶんなもの言いだけど、少しは叩けるのか?

そこまで言われちゃ我がテンポスに対する侮辱だぞ」

「覚悟はあるのか?」


イストは鼻で笑う。


「だったら何だっていうの?

あなた最年少のオフィシャルさんでしょ?

知ってるわよ、ライドンちゃん

私たちオームでは最年少なの」

「どっちが強いか……ゲームする?」


「お前オームだったのか

まぁ、オームでは律動師とは言えんよな」


その一言が、完全に火をつけた。


「あんた絶対許さない!

森の外に出なさい、やるわよ」


「イスト…」


不安そうな声を出すタルネ。


「ライドン、ゲームってなんなんだ?」


「シュン、知らないか?

ただの果たし合いさ、律動師はそれで決着をつける」


シュンは思わず目を見開いた。


「果たし合い?!」


ーーーーーーーー


森を抜けると、視界が一気に開けた。

背の低い草原が広がり、遮るもののない風が強く吹き抜けている。

空は高く、音がよく響きそうな場所だった。


「覚悟はできているようね、お坊っちゃん」


最後まで挑発をやめないイスト。


「お前さ、煽るのもいいけど、お前はいくつなんだよ」


「わたしも15よ、でもあなたみたいにヌルくない」


「いちいち勘に触るな、いいよ、来い

お前が先攻でいい」


「余裕ね、それが仇となっても知らないから、

いくわよっ」


イストはドゥンバを構え、深く集中に入る。

周囲の空気が張りつめるのを、シュンは肌で感じた。


ライドンから聞いたところによると、ゲームとはお互いにリズムを出し合い、それをコピーできなければ精神的な痛みを受けるという。

物理的なダメージより、はるかに堪えるらしい。


「昨日から見ててわかったわ、あんたの弱点は速いリズム!

私のBPMについてこれるかしら?」


ドンタドドンタン

ドンタドドンタン!


BPMは150近い。


(俺ならできる

日本のロックじゃ、このテンポは当たり前だ)

シュンはそう思いながらも、ライドンの横顔を見る。

そういえばこれまで彼が、この速さを出したことはなかった。

イストはいいところを突いている。


余裕の表情。

風になびく、ライドンの美しい銀髪。


ドンタドドンタン

ドンタドドンタン


寸分の狂いもなく、完璧にコピーする。


逆に、イストの顔が歪んだ。


「うそ……そんな」


「次はこっちの番だ、行くぞ」


ドンッタンッドドドッドッタンタタ

ドンドンタンッドタドンタタッタタ


(無理だ……

あんなフィルイン、俺でもできない)


美しいフォームから繰り出される、複雑で鋭いリズム。


「くっ……」


ドンッタッドンドンッ…


途中で崩れ、イストは胸を押さえて膝をつく。


「うっ……」


「大丈夫?イスト」


駆け寄るタルネ。


「……」


「わーん!!」


突然、イストが大声で泣き出した。


「わーんわーん、

温室育ちのガキに負けたー!」


泣き声はさらに大きさを増してゆく。


「自分の力で努力してきたのに、ぬくぬく育ってきたやつに負けたー!

わーんわーん!!」


「おい、お前……なにを根拠に……」


ライドンも苛立っているが、これ以上言葉を重ねる気にはなれなかった。


そのとき、タルネがこちらをきっと睨む。


「イスト泣かせた…許さない」


(えっ、だって喧嘩を売ってきたのは……)


「変な楽器を使っているあなた

自分では何もしない」

「卑怯者」


「えっ、それは違うでしょ、なんでおれ……」


突然の矛先に、シュンは思わず声を裏返す。


「おーそうだよな、見てるだけで、卑怯だったな、シュンは」


無責任に乗っかるライドン。


「ライドン、やめてくれよ

俺は勝負なんて…」


「シュン、経験のためだろ

やっておけよ」


「待ってくれ……えーっ」


タルネの瞳に宿る炎は、もう消えそうになかった。

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