第20話 イストとタルネ
「都合、36,000クランになります」
受付の女性が淡々と告げる。
ライドンとシュンは顔を見合わせた。
「すごい、昨日よりずっと高いよ」
シュンが素直にそう言うと、ライドンは少し意外そうに笑った。
「昨日は何のモンスターを倒したんだ?
ひとりでよくやってたよな」
「いや、名前までは……」
「知らないんだろ、わかってるよ」
ライドンは軽く受け流した。
「二人で狩りすれば、こんなもんだ
意外とひとりのときより稼げたりするんだぜ」
そう言って、彼は袋を差し出した。
「ほら、山分けしよう」
「えっ、いいの?
だってライドンのほうが多く倒してたんじゃ……」
「パーティって、そういうもんなんだよ」
(こいつ、最初のイメージをどんだけ覆してくれるんだよ……)
「よし、祝勝会だ
エールを山ほど――」
「ライドン、それは……やめてくれ」
二人のやり取りに、聖拍院の空気が少しだけ和らいだ。
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それから一週間。
二人はほぼ毎日狩りに出た。
呼吸を合わせるように動き、
拍と音が自然に噛み合うようになっていく。
コンビネーションが良くなるにつれ、
蓄えも確実に増えていった。
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ある朝。
宿の小さな窓から、淡い光が差し込んでいた。
木の床は軋み、昨夜の酒と獣の匂いがまだ残っている。
シュンはイメージトレーニングをして、プレイの感覚を確かめた。
一方ライドンは、腰の道具袋の位置を直し、
何度か手首を回している。
準備に余念がなく、二人の動きに無駄はなかった。
一週間という時間が、
確実に二人を“パーティ”にしていた。
ライドンがふと口を開く。
「シュン、
もう少しリズムの表現を増やせないか?」
「え?
それってさ、モンスターへのダメージに違いが出るの?」
ライドンは眉をひそめる。
「……がっかりさせるなよ」
「モンスターどうこうじゃない
自分のレベルを上げるためだろ?」
シュンは、はっとした。
「……悪かった
圧倒的に、おれが悪い」
「やってみるよ」
「お前、足で低音を出すだろ?」
ライドンは手振りで示す。
「裏拍に、もっと入れられないか?」
「裏拍……」
シュンは考える。
「おれたちの世界……じゃない
トーキョーでの感覚だと、四分裏だから……八分ってことか」
ライドンが実際に刻んでみせた。
ンドタドンドタド
ンドタドンドタド
「これだと全部裏だな
頭に低音を残したいなら――」
ドドタドンドタド
「ここから低音の場所を引いていって、
自由にコントロールできないか?」
シュンも手ぶりで真似る。
(……いけそうだ)
「今日のタスクで、試してみる」
「その意気だ」
少しの沈黙。
ライドンは何かを考え込んだあと、口を開いた。
「……最初のメトルの森のタスク、覚えてるか?」
「お前が初めて、ドラムセットを出したときだ」
「ああ、
ずいぶん驚いてたよな」
「他国から来たんじゃないか、って言っただろ」
そういえば、そんなことを言われた気がする。
「あのさ、教えてほしいんだ、
どうやってクロックに入ってきたんだ?」
「……だってこの国は、長いこと鎖国状態だろ?」
シュンは言葉に詰まった。
(そういえばステータスに
『OTHERWORLDER(異世界人)』って書いてなかったっけ……
ライドンには、どう見えてるんだ?)
「あ、でもさ……
トーキョーって、すごい田舎でさ」
「クロック王国も、テンポスも、正直よくわからないんだ」
「だよな……」
ライドンは、わかりやすく肩を落とした。
「ごめん、役に立てそうにないや」
「いや」
ライドンは首を振る。
「いや、責任を感じる必要はないよ
お前、ほんとうに田舎者なんだもんな」
そして、軽く笑った。
「それより今日のタスクだ
トーキョー、いつか連れてってくれよ」
「……お、おう!トーキョーな、そうだ、いつか……」
(どうやって行くんだ?)
シュンは内心で自問した。
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メトルの森に到着する。
いつもと同じはずの場所。
だが今日は、どこか違っていた。
「……シュン」
「モンスターとも少し違う、
妙な鼓動を感じないか?」
「うん……わかるような、わからないような
たしか昨日も、そんな気がしたよな」
「そうだな
でも昨日は何もなかった
気にすることもないか」
二人はお互いの楽器を構え、あたりを警戒する。
「まず一発、動きを止めてモンスターを停止させよう そこから、アドリブを仕上げていくんだ」
「ありがとう
いろいろ考えてきた」
茂みが揺れた。
キバウサギが飛び出す。
「シュン、試せるか?」
「……よし、やってみる!」
ドン!
バスドラが鳴る。
キバウサギの動きが止まった。
だが、そう簡単に次の音が出てこない。
「シュン、大丈夫か?」
「……待ってくれ、今」
焦りが広がる。
「シュン、キバウサギが動きだすぞ!
もう一発――」
ドン!
「ごめん、今、やりたいんだけど……」
そのとき。
「ちょっとどいて!
あんたたち!」
背後から声。
ドンタドドンタン
ドンタドドンタン
――エイトビート。
シュンの、得意なフレーズ。
「キャンッ」
キバウサギは、一瞬で地に伏した。
振り返った二人の前に立っていたのは
可憐な少女だった。




