第19話 レベルアップ
「……ステータスか」
「えっ、どうしたんだよ
そんなに隠すことか?トップページだけでもいい
名前とレベルの表記だけだろ」
「だから……見せるほどのもんじゃないって」
それでもライドンは引かなかった。
むしろ、楽しそうに笑って言った。
「よし、じゃあおれのを先に見せるよ」
そう言って、ライドンは迷いなく自分のステータスを開いた。
数値を見た瞬間、シュンは息をのんだ。
NAME:RIDON
AGE:15(15才)
RACE:HUMAN(人間)
LEVEL:286
想像していたより、ずっと高い。
シュンの倍以上だ。
「……すご」
思わずこぼれた一言に、ライドンは微笑をみせる。
「まあ、長くやってるからな」
それを見てしまったせいで、シュンはますます自分のステータスを見せたくなくなった。
だが同時に、この世界に来てから彼から多くの恩を受けてきたことを思い出した。
隣で戦ってくれた仲間であること。
何より、この男が一切の打算なく向き合ってくれていたこと。
(……誠実なやつだよな)
シュンは小さく息を吐き、決心したように指を動かした。
「……一瞬だけだからな」
NAME:SHUN
AGE:16(16才)
RACE:HUMAN(人間)
LEVEL:120
表示された数値を見て、ライドンは目を見開いた。
「シュン、レベル高いじゃないか」
「え?」
「俺が律動師になった時のレベルより高いぞ」
一瞬きょとんとしたあと、シュンの表情がぱっと明るくなる。
「えっ……そこそこ、強い?」
「強いよ というか、律動師じゃない一般人のレベルなんて、ほとんど一桁だぞ」
(なんと……!)
思いがけない事実に、胸の奥がじんわりと熱くなる。
だが、喜びは長く続かなかった。
「……でもさ」
シュンは画面から目を離さず、眉をひそめた。
「レベル、上がってないんだ」
「上がってない?」
「今日、二人で倒したモンスターは18体。それなのに、全然変わってない」
肩が、わずかに落ちる。
「どうした?」
ライドンはすぐに気づき、声をかけた。
「おれ、この120というレベルから全然上がらないんだよ
何体モンスターを倒しても、同じままなんだ」
ライドンは、なんだそんなことかといった感じでシュンに問いかける。
「あのさ、シュン。今日お前、ほとんど同じリズムばっかり叩いてたよな」
「……え」
「他の表現はできないのか?」
その一言に、シュンははっとした。
軽音部では一番の実力者だった。
コピーしてきた曲は三十曲以上。
楽譜も読める。
それなのに――なぜ、同じリズムばかりだったのか。
「……あ」
思い当たる節が、次々に浮かぶ。
コピーはしてきた。
けれど、それはあくまで誰かの真似だった。
自分の中から生まれた、オリジナルのリズムを表現したことがあっただろうか。
卒業していった先輩たち。
彼らは皆、オリジナル曲をやっていた。
それが、どれほどすごいことだったか。
「シュン。お前、モンスターとの対戦経験、少ないだろ?」
胸を突かれたように、シュンは息をのんだ。
「……うん」
「俺の《ドゥンバ》はな、大きく分けて高い音と低い音しかない」
ライドンは自分の楽器を軽く叩く真似をしつつ続ける。
「低い音を一発ぶちかませば、大抵のモンスターは一度止まる。なぜか分かるか?」
「……」
「モンスターたちは、みんな助けてもらいたいと思ってる」
シュンの目が見開かれる。
「こっちがリズムを奏でてくれるのを待ってるんだ。やつらは敵じゃない、協力者だよ」
――目から鱗が落ちた、とはまさにこのことだった。
「モンスターたちは不意打ちをしてこない」
「だから少しずつ、
間違ってもいいから自分の表現を広げてみたらどうだ?」
その言葉に重なるように、記憶がよみがえる。
ーーーーーーーー
放課後の部室、何気ない夕方。先輩たちとの会話を思い出す。
『エイトビートって言ったって、ほとんど手は同じだろ?
足をずらしていくだけで、大概のリズムは表現できるぞ』
『そう、テンポがゆっくりの曲になってくるとリズムの種類は格段に減るよ
決まったリズムじゃないとノリにくいんじゃないか?』
『シュン、ベースの音をよく聴けよ』
ーーーーーーーー
「……はっ」
シュンは顔を上げた。
「ライドン。やってみたいリズムがある」
「おっ 森に戻っていいか?」
ライドンは即答した。
「もちろん!」
二人は再び森へ足を踏み入れた。
さっきと感じ方が違う。
葉の擦れる音、遠くで折れる枝の気配――森は常に何かを訴えかけてくるようだった。
ここに棲むモンスターたちは、本人の意に反して凶暴化している。
だが、ライドンの言葉どおり、その奥底には助けを求める意志があった。
だからこそ彼らは逃げず、律動師に向かってくる。
――ざわり。
茂みが大きく揺れた。
「出た、オタケビザルだ!」
次の瞬間、耳をつんざくような甲高い叫びが森に響き渡る。
「キャアーッ!!」
「うるせぇ〜……BPM90、いけるか? シュン」
ライドンは半ば冗談めかして言ったが、その目は真剣だった。
「まかせろ!」
シュンは深く息を吸い、スティックを握る。
頭の中に浮かんだのは、先輩たちから何度も叩き込まれた、あの基本のリズム。
ドンタドドンタン
ドンタドドンタン
一定の間隔で、低音と高音を丁寧に刻む。
ドンタドンドタン
ドンタドンドタン
ほんの少し低音をずらすだけで、リズムに表情が生まれる。
音が、森の空気を押し広げていくのが分かった。
「グワギャアッ!」
オタケビザルは突進しかけた体勢のまま、がくりと膝をついた。
荒々しかった動きが急に鈍り、やがてその身体は光を失うように小さくなっていく。
地面に転がったそれを見て、シュンは思わず拳を握った。
「……よし! 倒した!」
「やったな、シュン
ステータス、見てみろよ」
「うん!」
表示された数値を見た瞬間、シュンの目が見開かれる。
「……!」
レベルが、一気に5も上がっていた。
「やった……! ライドン、ありがとう!」
「いや、今は1体倒しただけだろ?」
ライドンは森を見渡しながら続ける。
「多分だけどさ BPMを変えたり、リズムの種類を増やしたりすれば、もっと上がるはずだ」
シュンの胸が高鳴る。
ただ叩くだけじゃない。
表現することそのものが、力になる。
そのときだった。
じっとりとした視線。
あたりの闇の奥から、無数の気配がこちらを窺っているのを感じた。
「……シュン」
ライドンの声が低くなる。
「やるか?」
シュンは首を横に振った。
「いや……さすがに疲れた
もう、動けない」
二人は一瞬、顔を見合わせる。
「逃げろっ!」
言葉を合図に、二人は全力で駆け出した。
枝を払い、根を飛び越え、息を切らしながら森を抜ける。
やがて足音が完全に消え、森には再び静寂が戻った。
空気には、まだリズムの余韻が残っている。




