第18話 戦闘
不穏な空気を感じながらも、二人はメトルの森へ足を踏み入れた。
木々は静かだが、どこか落ち着かない。視線の届かない場所に、何かがいる――そんな気配が、肌にまとわりつく。
「……来るぞ
油断するなよ、シュン」
ライドンの低い声に、シュンは思わず息をのんだ。
前回と違い、今はユウナがいない。初めての戦闘。体がこわばり、指先が冷たくなる。
その横で…
ブゥン……!
静かに、しかし確かな重みをもって、ライドンの“拍”が具現化した。
腰に提げた壺型の楽器。木で作られた胴に、分厚い獣皮がぴんと張られている。武具とも楽器ともつかないそれを、ライドンは迷いなく叩いた。
その瞬間、茂みが揺れた。
現れたのは、小型の蛇のようなモンスター。
黒地の体に緑の斑点模様。明らかな敵意を放ちながら、じりじりと距離を詰めてくる。
――鼓動。
シュンは、ふと不思議な感覚にとらわれた。
まるでこの蛇の内側から、一定のリズムが伝わってくるような。
「ブラックスネークだな」
ライドンが落ち着いて言う。
「……BPM80ってところか」
ドンツクタンッド
ドンツクタンッ。
ライドンは見慣れぬ楽器を器用に叩いた。
「グワガァアア……!」
ブラックスネークは悲鳴を上げ、体をくねらせながら震え出す。
その体はみるみる縮み、やがて20センチほどの白蛇へと変わった。怯えたように舌をぺろぺろと出している。
すごい……。
これが、ライドンの力。
その時、シュンは気づいた。
まだ、別の鼓動がある。
「……もう一匹いるかな?」
ライドンはうなずき、シュンを見る。
「次はお前がやってみろ。こいつ程度なら、片付けられるだろう?」
よし。
こちらが気づいているのを察したのか、もう一匹が姿を現した。
同じくブラックスネーク――だが、鼓動が違う。
速い。
「BPM120、ってところか。シュン、いけるか?」
……やるしかない!
「でろ、ドラムセット!」
シュンの前に現れたのは、下北のライブハウスで見慣れたドラムセットだった。
「行くぜ……魂のエイトビート!!」
ドンタン、ドドタン!
ドンタン、ドドタン!!
「グワッ、グギャアァア!!」
一撃。
ブラックスネークは声を上げて弾けるように縮み、地面に転がった。
「やった……!一発だ!」
小さくなったモンスターから魔石を回収しに向かうシュンを、ライドンは目を丸くして見ていた。
「シュン……お前、今、足を使ってたか? あれは何だ?」
「え? ドラムセットだけど
知らないのか?」
「なんだそれ! すごすぎるぞ! めっっちゃかっこいい!!」
「そうかな。こっちじゃ、わりと一般的なんだけど」
少しの沈黙。
「シュン……お前、もしかして他国の人間か?」
「え? テンポスじゃないってこと?」
「いや、クロック王国の外から来たのか、って意味だ」
ライドンは首を振る。
「……まあいい。今は話してる場合じゃない。ここはモンスターだらけだ。休ませてもらえないぞ」
「えっ……」
周囲から、いくつもの鼓動が重なって感じられる。
シュンは息を整え、得意のリズムを解き放った。
ーーーーーーーー
「ああ……疲れた」
森を抜け、二人はその場に座り込んだ。
太陽はすでに高く、午後に差し掛かっている。
今日の成果を確認する。
魔石十八個。
タスクは二つともクリア。
「悪くない収穫だな」
ライドンはそう言って、満足そうにうなずいた。
昨日の疲れもあって、シュンは完全にヘトヘトだった。
肩を落とし、息も荒い。
その様子を見て、ライドンは軽く息をつく。
「……今日はもう終わりにしよう」
助かった、とシュンは内心で思った。
「ギルドで換金して、そのまま昨日の《つづみ亭》で飯にするぞ」
その一言で、二人は意気揚々と帰り支度を始めた。
歩きながら、シュンはふと思い出したように口を開く。
「さっきの話だけど……ここって、クロック王国なんだよな?」
「そうだよ」
もうシュンの無知に驚くこともなく、ライドンは淡々と答える。
「ここはクロック王国第四の都市、テンポスだ
首都はすぐ近くのクロニア クロック王が常駐してるから、王都とも呼ばれてる」
「なるほど〜、勉強になるな」
ライドンは小さくため息をついた。
「……それよりだ」
歩きながら、ちらりとシュンを見る。
「さっき出してたやつ、あれは何だ?」
「え? リズム刻むならドラムだろ?
普通に考えて」
ライドンは足を止めた。
「足を使う? そんな叩き方、聞いたことがない」
「テンポスじゃ、みんな俺の使ってる《ドゥンバ》だぞ」
――――え?
シュンの背中に、じわりと冷たいものが走る。
(……これ、もしかして)
チート、ってやつなのか?
沈黙のまま歩き続けるシュンに、ライドンが言った。
「なあ、シュン」
少しだけ声の調子が変わる。
「ステータス、見せてくれるか?」
「えっ……」




