表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/25

第17話 初タスク

 エールを一口飲んだ瞬間、シュンの顔が固まった。


「げぇっ」


 思いきり吹き出し、慌てて口を押さえる。


一瞬の静寂

次の瞬間

店中が笑い声に包まれた


「出たぞ初飲み」

「それそれ」


(ま、まずい……)


ライドンは腹を抱えて笑っている。


ーーーーーーーー


 翌朝は快晴だった。

 窓の外では、小鳥たちが朝を告げるように鳴いている。澄んだ声が何度も重なり、宿の部屋にやわらかく流れ込んできた。


 ――それでも、シュンは起きなかった。


 ベッドに横たわったまま、指一本動かさない。

 夢を見た記憶もない。ただ、意識がぷつりと途切れて、そのまま深い底に沈んでいたような感覚だけが残っている。


 ライドンはその様子を見下ろし、腕を組んだ。


「……おい」


 返事はない。


 肩をつかみ、少し強めに揺する。


「起きろ。もう8時過ぎたぞ」


「……う」


 喉からかすれた声が漏れた。

 シュンはようやく目を開くが、視界が定まらない。身体が鉛のように重く、布団から引き剥がされる感覚だけがやけに現実的だった。


(……なんだ、これ)


 夢をひとつも見ずに眠ったはずなのに、回復した感じがしない。

 手足に力を入れようとすると、遅れて反応が返ってくる。若さでどうにかなると思っていたが、昨日の疲労は想像以上に深く残っていたらしい。


(やっぱり……無理してたのかな)


「立てるか?」


「……なんとか」


 シュンはベッドの縁に腰掛け、深く息を吐いた。


 その様子を一瞥すると、ライドンはシュンの服に目をやる。


「その服、戦闘に向かないな」


「え?」


「俺のを貸してやる」




 ライドンの服は一目で“制服”だとわかる装いだった。

 クリーム色を基調に、肩から裾にかけて青いラインが走っている。無駄のない形で、どこか整然としていた。


「……それが、律動師の服なのか?」


「そうだよ、これは正式な律動師しか着られないから」


 シュンに差し出されたのは、別の一着だった。

 赤茶色で、ところどころ擦れた跡があり、見た目は少しボロい。


 だが、手に取った瞬間にわかる。

 生地が分厚い。引っ張ってもびくともしないし、悪路でも破れそうにない。

 作りもややゆったりしていて、身長差があっても問題なく着られそうだった。


(……おれのロンTとは、全然違うな)


 昨日まで着ていた服が、いかに心許ないものだったかを思い知らされる。


「なんで、そんなに急ぐんだ?」


 着替えながら、シュンが聞いた。


 ライドンはせかせかと小気味よく体を動かし、荷物を整えている。


「早く行かないと、いいタスクがなくなっちまう。

 ただでさえ今日は、プレイヤータスクをやらないといけないわけだからな」


「……え?」


 プレイヤータスク。

 それを“一緒にやる”と言ったように聞こえた。


「まさか……」


「ああ。俺とお前でやる」


 一瞬、言葉を失う。


(なんていいやつなんだ……)


「よし、行こう!」


 ライドンはそう言って扉に向かった。

 シュンも慌てて準備を整え、後を追う。


 ギルド――いや、聖拍院に到着したときには、すでに9時を回っていた。


 壁には茶色の紙が何枚も貼り出されている。

 その前に、他の律動師が二人立ち、腕を組んで吟味しているようだった。


 残っているタスクは、10枚ほど。


「こりゃ、売れ残りだな」


 年長の男が、低い声で言った。


「ライドンか 遅れたな」


「パイス、おはよう

今日はお荷物がひとりいたからな」


「そいつか、遠くから来たってやつは」


「シュンだ

トーキョーとかいう、ど田舎から来てる」


 ライドンが振り向く。


「シュン、この人はパイス

 このギルドでいちばんの年長者だ いちばん強いぞ」


 シュンは背筋を伸ばし、少し緊張しながら頭を下げた。


「パイスさん、初めまして

 シュンといいます なにもわからないので、いろいろ教えてください」


 パイスは無言で、シュンを見下ろした。


 岩のような体躯だった。

 首は太く、肩幅はライドンより一回り広い。無駄な脂肪はなく、全身が鍛え上げられた筋肉で構成されているのが服の上からでもわかる。

 刻まれた皺と鋭い眼光が、長年の戦いを物語っていた。


「おう

 ライドン、聖拍院を“ギルド”というのはやめろ

 女神様の使命を賜っていることを忘れてはならない」


「ごめんなさい もう言わないよ」


(……おい、ギルドって言ってるの、ライドンだけだったのかよ)


 それよりも、素直に言うことを聞くライドンにシュンは驚いた。

 もしかして、パイスって相当すごいのでは――。


 そんな考えを振り払うように、ライドンは急にテンションを上げ、紙を眺め始めた。


「ほとんどバトルしか残ってないな。

 でも、二人でやれば楽勝なのばっかりだ」


(戦力として見てくれてるのは嬉しいけど……

 俺、本当に“そこそこ強い”のか?)


「よーし、これとこれで行くぞ!」


 ライドンは二枚の紙を剥がし、受付へと向かう。


 その背中を見送りながら、シュンはふと視線を感じた。

 パイスが、じっとこちらを見ている。


(……なんか、怖い)


 二人は承認を終えると、城外へと向かう。


「シュン、今の律動師はみんな聖拍院をギルドって呼ぶんだよ、パイスは古いやつだからさ…」


「本当か?なんか怪しいぞ」


これまで強気一辺倒だったライドンがなんだか可愛く見えた。


ーーーーーー


 目的地は、モンスター被害が多いというメトルの森。

 依頼のランクは、CとD。


 キバウサギの討伐。

 ハクビノスの討伐。


 どちらも、紛れもないバトルだ。


 城を離れるにつれ、舗装された道は徐々に荒れていく。

 草の匂いが濃くなり、風の音がはっきりと耳に届くようになる。

 遠くで木々が擦れ合う音がした。


「なあ、ライドン。

 俺のレベル、知ってるか? 本当に戦力になるかな」


「足を引っ張らなければな。

 正直、このタスクなら、俺一人でもすぐ終わる」


「えっ」


(……それって)


「お前の練習になるだろ」


 胸の奥が、少し熱くなった。


(最初から、そのつもりで選んでくれたのか)


「……なんで、そんなに俺によくしてくれるんだ?」


 ライドンは少し間を置いてから、歩きながら答えた。


「同年代の律動師なんて、初めて会ったんだ

 それどころか、同年代の友だち自体、いたことがない」


 彼の視線は前を向いたままだ。


「俺は農村出身で、実家は城外なんだ

 学校もなかったし、子どもの頃から畑仕事ばっかりしてた」


 風が、草を揺らす。


「だから……シュンと出会えたのが、本当に嬉しかった」


 その言葉を噛みしめる間もなく、二人は森の縁に辿り着いた。


 ――空気が、明らかに違う。


 鳥の声が遠ざかり、森の奥から、言葉にできない気配が滲み出していた。


(……来たな)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ