第11話 聖拍院
シュンはおじさんにもらった地図をもとに聖拍院へと向かった。
歩き出してすぐ、空気がわずかに揺らぐのを感じる。
目に見えるほどではないが、音もなく、確かにそこだけ質が違う。
――ここが、律動師の拠点。
距離にして、ほんの100メートルほど。
思ったよりも近い。
やがて視界に入った建物を見て、シュンは少し肩透かしを食らった。
聖拍院は、巨大でも荘厳でもなかった。
こぎれいで、無駄のない造り。
白い石壁はよく手入れされ、飾り気はないが清潔感がある。
だが、不思議と軽くは見えない。
建物の正面、高い位置に掲げられた紋章が、その理由だった。
ひし形を四つに割った意匠。
単純だが、視線を引きつける均整の取れた形。
それが、この場所の権威を静かに主張していた。
中へ入る。
広さは、シュンが知っている下北のライブハウスのホールほど。
天井は高いが、空間は簡素で、余計な装飾はない。
静かで、澄んだ空気が張りつめている。
正面の受付には、一人の女性が立っていた。
長いローブを纏い、落ち着いた佇まい。
整った顔立ちと、穏やかながらも鋭さを感じさせる眼差し。
その場にいるだけで、この場所の「内側の人間」だと分かる。
シュンは一歩進み、声をかけた。
「えっと……魔石の換金をお願いしたいんですが」
女性は微笑を崩さず、淡々と問い返す。
「承りました
では、お名前と所属をお聞かせください」
――あ。
シュンは言葉に詰まった。
名前。
所属。
胸の奥が、ひやりとする。
(またか……)
そして、今さらのように気づく。
(そうだ……おれ、律動師でも、なんでもないんだった)
異世界に来てから、流れに任せてここまで来た。
だが、ここは「制度」の中だ。
身分も肩書きも持たない自分は、完全な部外者。
受付の女性は、静かにシュンを見つめている。
答えを急かすことも、助け舟を出すこともなく。
沈黙が、数拍分流れた。
受付の女性は、シュンの表情を一度だけ確かめるように見てから、静かに口を開いた。
「……あの、外のプレーヤーさんですか」
唐突な言葉だったが、声音は事務的だった。
シュンは一瞬だけ考え、曖昧に頷く。
「はい」
女性は小さく頷く。
「でしたら、所属はありませんね」
一拍置いて、続ける。
「ステータスをお見せください」
その言葉に、シュンの胸がわずかに跳ねた。
(ステータス……)
だが、今さら引くわけにもいかない。
シュンは言われるがまま、意識を内側に向ける。
やがて、誰にも触れられないはずの情報が、彼の前に浮かび上がった。
受付の女性は、それを一瞥する。
「確認できました」
それ以上の感情は見せず、淡々と手を伸ばした。
「魔石を見せてもらえますか」
シュンは懐から魔石を取り出し、カウンターの上に置いた。
受付の女性は手慣れた動作でそれを受け取り、台座の上に載せる。
石に触れた瞬間、淡い光が走り、すぐに消えた。
女性は一瞬だけ目を伏せ、数値を確認する。
「こちらのふたつですね」
「通常魔石で4,000クランと
4,500クランになります」
計算は一瞬だった。
引き出しの中から貨幣袋が取り出され、シュンの前に置かれる。
「合計で8,500クランです」
「あっ、ああ…ありがとうございます!」
(よかったああああ、なんとなく今日だけはなんとかなりそうな金額だ)




