怒りの勇者
「……けほっ、げほっ……ゆ、ケホッ……!」
突然、空気を吸い込む気道が開放された反動で、ユウフェは思わず咳き込んだ。
目の前に立つ人物を認識した瞬間、息が止まる。
(ーーど、どうして、勇者さまがここに?
つい先日、東の魔王討伐へ向かったはずなのに)
問いを口にする余裕すらないまま、ユウフェの背を優しく撫でる手があった。
「落ち着いて。もう大丈夫だから」
低く、しかし確かに安堵を含んだ声。
少したち、咳が収まるのを確認した勇者は、そっと彼女の肩から手を離し、横に控えるロイドへ視線を送る。ロイドはわずかに頷いた。
勇者は静かに立ち上がる。
そのまま向かった先はーー右腕を斬られ、片膝をつくダークの前。
腰の魔剣グラムに手をかけ、鞘から抜き放つ。
ぞわり、と空気が震えた。
(・・あれ?魔剣がすごく成長している。もう東の魔王を倒されたということでしょうか?)
考えたのは束の間で、今はそんな場合ではないとハッとする。
「ーーま、待ってください! 勇者様!!」
何をしようとしているのか一瞬で悟ったユウフェは、反射的に勇者の背へ抱きつき、動きを制した。
ぐん、と渾身の力を込める。
勇者は振り返らない。
それでも、怒りでわずかに震える体から感情が伝わってきた。
「……離して、ユウフェ」
低い声。抑えているが、怒りが滲む。
「は、離したら……今から剣を鞘に収めてくださいますか?」
縋るような問い。
勇者は一瞬だけ息を呑む。
「どうして、この間からこの男に、ダークに甘いの?」
「彼が、今後、南の魔王討伐の際に勇者様のお味方になり、必要な役目を果たされるからです」
その言葉を聞いて、魔法使いが目を見開く。
じっとユウフェを見据えて、嘘ではないことを読み取り、勇者の腕を掴んだ。
「勇者、ここは公女の話を聞こう」
唇をかみしめて、勇者は剣を鞘に納めた。
魔法使いは、片腕をなくしてひざまずいているダークを魔法で止血して、光の糸で拘束する。
♢♢♢
勇者の邸宅に転移した四人は、大広間で話し合いをはじめた。
「南の魔王は天空の城にいます」
ユウフェが、ダークについて語るには〝東の魔王〟の次に倒す、南の魔王の存在が必要不可欠であった。
「天空の城?空に浮かぶ地表に南の魔王が?」
魔法使いのロイドは、突拍子もない話に首を傾げる。
「はい、南の魔王が人へ攻撃するときは、天から攻撃が降り注ぐのです」
「・・それは、どうやって倒せばよいのかわからないね」
「空へ転移できる祠があるのです。そして、その場所はダーク様しか存じ上げません。勇者様が〝東の魔王〟を倒した後に、お仲間になってから教えてくださるはずでした」
「でも、そのダークは〝東の魔王〟の手先として、王都を囲む結界を消すために紫水晶を壊そうとしていたんだろう?」
「ーーはい、でもそれは、〝東の魔王〟の懐に入り、仲間だと信用してもらうためです。彼の師匠は〝東の魔王〟にむごい方法で殺されたので・・でも、歴代勇者様でも倒せなかった魔王を、今代勇者様が倒したことで、味方になるのです」
ユウフェが並べる言葉に、縛り付けられたままのダークは驚きをその瞳に宿している。それを見たロイドは、ユウフェが述べているダークの事情が的中していることを悟り、感慨深げに瞼を閉じた。
(これは、どうしたことか。マユラの月読みより明確に未来を予言している・・)
それまで黙ってた勇者が口を開いた。
「どうしてーー事前にそれをわかっていたら、何で言ってくれなかったんだ」
「言えば、勇者様は王都に留まられたでしょう?」
「あたりまえだろ!魔物に陥落されそうになっている王都を放って魔王討伐をしたって、いみないじゃないか!」
「だからです。〝東の魔王〟を倒されたのならわかりませんか?」
「え?」
「〝東の魔王〟はアンテッドの魔王・・勇者様の、弟君の身体を使い人々の殺戮を繰り返しているのを早く止めしなかったら、勇者様が後悔されるからです。
今なら物語より早く進んでおりますから、大丈夫だったかもしれませんがーー弟君は、放っておいたら・・本来なら、勇者様の村を滅ぼしてからの対面のはずだったんです」
「なんだって」
「そ、それに。魔剣は・・魔剣グラムは、勇者様が。本来斬らなくても良かった弟君を・・斬り、その絶望感から、このように、成長をとげられ、〝南の魔王〟討伐に挑んで、ギリギリ倒せるので、欠かせない旅だったんです」
なんてーー
身勝手で酷いことを言っているんだろう。
そんなことを考えていたなんて、幻滅されたかもしれません。
旅先の悲劇、味わう絶望を知りながら、何も言わず、魔王を倒すために送り出した私に、もう笑いかけてくれないかもしれません。
でも、私にとって、勇者様の命が何よりも大事で、そのためにはスキルアップが必要な手順です。
後悔は、ありません。
ぎゅっと目を閉じると、勇者はポツリと呟いた。
「まだ、倒してないよ」
「え?」
「まだ、〝東の魔王〟は倒していないんだ」
「ーーでも、魔剣が成長して・・刃まで黒くなったのを先程、確認して・・」
そこで、ロイドが問いかけてくる。
「公女様は、魔剣の成長に、勇者の絶望がどうのって言ってたけど、どうやったら魔剣が成長をするか知っているの?」
「はいーー勇者の剣は人の持つ感情の強さをエネルギーにして成長します。
聖剣は〝愛〟、魔剣グラムは〝絶望〟と〝守護欲〟です」
「〝守護欲〟というのは、何かを〝守りたい気持ち〟が欲望レベルにあるってことかな?」
「・・そうです。勇者様のご家族を助けられれば、そのご家族に対する勇者様の〝守護欲〟でも、魔剣は成長することができました」
でも、無理だった。見つけた時には、間に合わなかった。
だから、勇者はもう、家族を亡くした時点で、物語通り絶望の感情で魔剣を成長させるしかなくなったのだ。ユウフェはそっと目を閉じた。
「なるほど。勇者の剣が、東の魔王を倒してないのに成長した理由は分かった」
ロイドがうなずく。
「え、なんですか?教えてください」
(流石、魔法使い様です)
「俺たちが・・勇者が此処に居るのは、その指輪に呼ばれたからなんだ」
ユウフェの手にある指輪を目線で指す。
「指輪・・炎龍の」
「炎龍のうろこは、対に持っていると、命の危険に瀕したときに、どんなに離れていても知らせてくれるんだ。だから、勇者が俺に公女の元に転移させてくれと言われて・・」
「そ、そうだったんですね・・」
(武具の強化の他に、そのような効能が・・)
「はっ、それで、魔剣が成長した理由とは?」
「ーーそれは、」
ロイドは言い淀んで、勇者を見る。
「どうする?俺から言っても言いの?」




