第6話 王女、港で再会する
リュド港は、朝から活気に満ちていた。
潮風が強く、空は澄み渡り、船の汽笛と荷揚げの声が港を満たしている。
エリザベスは、港の高台からその光景を見下ろしていた。
(いた……ほんとに、いた)
(レオ様。少し大人っぽくなったけど、相変わらずかっこいい)
王太子レオは、港の防災と物流体制の視察を行っていた。
傍らには、南辺境伯若夫妻のレイニードとミレイユ。
かつて山賊討伐で名を上げたレイニードは、漁師たちからも親しまれ、通るたびに声がかかる。
「若旦那、今日の鯖、脂のってるぜ!」
「おう、ありがたい。あとでミレイユといただこう」
そして、少し離れた場所にはユリウスの姿もあった。
彼は本来、レオの弟セラン王子の側近だが、今回は珍しくレオに同行していた。
「レオ殿下、あちらの桟橋、昨日補修が終わったそうです」
「そうか。ユリウス、君の見立てではどうだ?」
「構造的には問題ありません。ただ、潮位の変化に備えて、もう少し高さがあってもいいかと」
レオは頷き、空を見上げた。潮風が髪を揺らす。
遠くの波音に、ふと懐かしい声が重なる気がした。
(……ベス、元気にしてるだろうか)
その瞬間――
「レオ様っ!」
空気を裂くような声が、港に響いた。
振り返ると、そこには――
「ベス……!?」
三つ編みの髪、旅人風の服装、そして笑顔。
王女らしさを隠していても、レオにはすぐにわかった。
「どうしてここに……」
エリザベスは、息を切らしながら駆け寄る。
「会いたくなったから、来ちゃいました!」
(ああ、よかった。ちゃんと、会えた……!)
エリザベスはホッと息を吐く。
レイニードとミレイユが目を丸くし、ユリウスはペンを止めて静かに視線を向ける。
「……まさか、ルヴァン王国のエリザベス王女殿下?」
レオは、困ったように笑った。
でもその目は、どこか嬉しそうだった。
「ほんと、君って人は……」
エリザベスは、にっこり笑って言った。
「だって、レオ様が会いたいなって書いてくれたから!」
二人の感動の再会に、ユリウスの鋭い声が響いた。
「エリザベス王女殿下」
その声は、いつもの穏やかさを保ちながらも、どこか鋭い。
「護衛は?」
エリザベスは、ぴたりと動きを止めた。
(……え、この人、誰? なんか、声が怖い)
初対面のはずなのに、妙に圧がある。
そして、少しだけ首をすくめて、バツが悪そうに笑った。
「……ひとりできちゃった」
その瞬間、空気が止まった。
「えっ」
「ひとりで?」
「まさか、ほんとに?」
レオ、レイニード、ミレイユが一斉に驚きの声を上げる。レイニードは目を見開き、ミレイユは口元を手で押さえ、レオは一歩前に出かけて止まった。
(え、そんなに驚くこと? だって、来れる距離だったし……)
(うう、やっぱり無茶だったかな。でも、だって、会いたかったんだもん……)
(みんなの目が痛い……でも、後悔はしてないもん)
その中で、ユリウスだけが冷静だった。
彼は静かに、しかしはっきりと口を開いた。
「王女殿下。ここはフェルミルナ王国です。
ルヴァンの王女が護衛なしでの越境は、外交上も安全上も極めて問題があります」
「でも、危ないことはなかったよ?」
エリザベスはつい、前世で一人旅をしていた感覚になってしまう。
「問題は“あったかどうか”ではなく、“あってからでは遅い”ということです」
「検問で身分確認があったはずだ。なぜ、一国の王女が通過したのに報告がなかったのか。検問所の兵士を全員、事情聴取する必要があるな」
ユリウスは険しい声で言った。
(あ、やば。ちゃんと言わないと…兵士さん首になっちゃう)
エリザベスは、モゴモゴと口ごもりながら言い訳を始めた。
「えっと…身分証は、ちょっと借りて…」
「借りた?どういう意味ですか?」
「その…宿のおじさんが親切で…娘さんの身分証を、ちょっとだけ……」
「つまり、偽装ですか?」
「えーっと…そんな大げさな…ただ、ちょっと借りただけで…」
「それを偽装と言います」
「えええっ!」
わかっていたが、ついオーバーアクションでごまかしてしまった。
(あ、これ、やっぱりアウトなやつだよね……)
(借りたって言い方、苦しいなあ……いや、でも、ほんとにちょっとだけだったし)
(あああ、彼の眉間のシワが深くなってる……!)
港の空気が、喧々諤々とした言い合いでざわめき始める。レイニードは「ちょっと落ち着こうか」と言いかけ、ミレイユは「愛のちからね」と呟き、うなずく。
そのとき――
「……もういいよ、ユリウス」
レオが、静かに口を開いた。
その声は、港のざわめきをすっと切った。
「ベスが来たことは、僕にとって嬉しいことだ。問題はすべて、僕が責任を持つ。だから、まずはルヴァン王国に連絡を頼む」
エリザベスははっとした。
「レオ様……!」
レオは、少しだけ照れたように笑った。
「ほんと、君って人は……でも、来てくれて嬉しいよ」
レオはエリザベスに歩み寄ると、ぎゅっと抱きしめた。その腕のぬくもりに、胸がじんと熱くなる。
(なんでそんなに優しいの。かっこいい……ずるい)
ユリウスはしばらく黙っていたが、やがて小さく頷いた。
「……承知しました。では、ルヴァン王国に連絡し、王女殿下の滞在を手配します」
その言葉を聞いて、エリザベスはそっと息を吐いた。
(……やっぱり、ちょっとやりすぎたかな)
(私がいなくなった後のこと全然考えてなかった……)
(……反省反省。次からはちゃんと責任を持って動くから)
彼はその場を離れ、外套の内側から細身のペンを取り出した。それは特殊な筆記具で、肉眼では文字が見えない。書いた文字は、同じ素材のペンでなぞらなければ決して浮かび上がらない。
そして、対になる一本はセシリアが持っている。
彼は、耐水性のある特殊繊維の紙に書き込んだ。
風雨にも耐えるその紙は、長距離の伝令に使われる専用品だった。
ーーーーーーーーー
殿下、無事、怪我無し、元気、単身、リュド、レオ保護
ーーーーーーーーー
口笛を吹くと、ヴァルカがユリウスの腕に止まった。
漆黒の翼、鋭い眼光。空を裂く速さと、命令への忠実さで知られる伝令鳥。
「姉上に連絡を。いつも通り頼んだぞ」
紙を脚に括りつけると、ヴァルカは一声鳴いて、空へと舞い上がった。
ルヴァンの王都まで、直線で約五百キロ。
ヴァルカなら、四時間で着く。
一方、ルヴァンの王城はというと……
エリザベスがいなくなって、最初の一日は誰も騒がなかった。「またルルーシェ様のところだろう」と、侍女たちは笑っていた。王女が突然ルルーシェの家に泊まりに行くのは、いつものことだった。
二日目も、王宮は静かだった。
だが、三日目の夕方――エリザベスが一向に戻らないことに、王宮もさすがに不安を覚えた。「ルルーシェ様の家にいるのでは?」と、アスリト侯爵家に問い合わせたが、返事は「来ていない」。
その瞬間、王宮の空気が凍りついた。
四日目には、王が「ベスはどこだ!」と叫び、宰相が「失踪か!?」「誘拐か!?」と頭を抱えた。
侍女たちは泣き、廊下は走る人であふれた。
そのとき――ユリウスの腕から、ヴァルカが飛び立った。ルヴァン王都まで、四時間。
伝令鳥は風を裂き、空を駆ける。
セシリアは報告を受けると、すぐにアレク王子に連絡をとり、ルヴァン王の執務室へ向かった。
「王女殿下は現在、フェルミルナ王国リュド港にいるそうです。単身での渡航ですが、怪我はなく、健康も良好。レオ王子が同行し、保護しているとのことです」
ルヴァン王は報告を聞き終えると、安堵の息を漏らした。
「……無事でよかった。それにしても、ベスは昔から、突然いなくなる。まったく予測のつかない子だ。あちらにも迷惑をかけてしまったな…」
椅子の背にもたれ、深いため息をついた。
姉からの返信を受け、
なんとか国際問題に発展せずに済み、ユリウスは胸を撫で下ろした。
レオとエリザベスが待つ応接室へ向かいながら、彼は決意する。これは、しっかり説教せねば。こんなことは二度とごめんだ!
ああ、早く結婚してくれ……
ユリウスをも懇願させるエリザベス、今後の活躍にこうご期待である。
fin
ここまで読んでいただきありがとうございました。
レオとエリザベスは今後もユリウスを振り回してくれそうですね(笑)
最後は、オオトリのアシュレイ王弟殿下の物語です。
なかなかじれったい感じで進みが遅いのですが……
なんとか形にできましたら、ぜひ読んでいただけるとうれしいです。




