第4節「詠み人の資質」
常世の霧の中、ミヨは湊を静かに見つめていた。
その眼差しは、どこか試すようで、どこか優しかった。
「湊……あなたの声には、まだ自分でも知らない力が眠っている。」
「僕の……声に?」
湊は思わず喉に手を当てた。これまで自分の声を特別だと思ったことなど一度もない。
けれど、短冊に触れたとき、確かに“言葉が光る”瞬間を見た。
ミヨは一枚の白い紙を差し出した。
「試してみて。心に浮かんだ言葉を、ただ声にしてみるの。」
湊は戸惑いながらも、ゆっくりと目を閉じた。
祖母の声を思い出す。幼いころ、夜眠れない時に唱えてくれた祈りの言葉。
「……ひふみ、よい……。」
その瞬間、紙の上に淡い光の文字が浮かび上がった。
揺れる炎のように形を変えながら、言葉は空気に溶け、霧の中に漂っていく。
「……見える……。」
湊の瞳に映ったのは、自分の声が光の粒となって空間を満たす光景だった。
声がただの音ではなく、世界に刻まれる“力”だと、初めて実感した。
ミヨは微笑み、頷いた。
「それが“詠み人”の資質。言葉をただ使うのではなく、響きそのものに命を与える力。」
湊は震える手を握りしめた。
自分が特別だなんて信じられない。
けれど、確かに今、この目で見た。声が世界を動かす瞬間を。
「……僕に、本当にできるのかな。」
不安げに呟く湊に、ミヨは静かに答えた。
「できるかどうかじゃない。あなたしか──できないの。」
その言葉は、常世の風よりも重く、湊の胸に深く刻まれた。