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常世の詠み人(とこよのよみびと)  作者: 霧坂 レイ
第2章 常世へ続く風の道
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第1節「風が開く扉」

夕暮れの霧結町は、異様な静けさに包まれていた。

 子どもたちの笑い声も、商店の呼び込みも、蝉の鳴き声さえも途絶え、町全体が言葉を忘れたようだった。


 湊は胸騒ぎに導かれるように、山裾の古井戸へと足を運んでいた。

 あの短冊を手にしてから、心の奥に絶えず囁く声があった。

 ──“トコヨ”。


 竹林の中、井戸はひっそりと口を開けていた。

 夕陽が沈みかけ、空は赤から群青へと移ろい、風がざわめいた。


 そのとき、突風が吹き抜け、湊の手の中の短冊が宙に舞った。

 紙片は光を放ちながら、井戸の真上で回転を始めた。


「……!」


 風が渦を巻き、木々が一斉にざわめく。

 湊の髪と衣服が乱れ、井戸の底から低いうねり声のような響きが立ち上った。

 まるで大地そのものが歌っているかのようだった。


 短冊の文字が浮かび上がり、湊の瞳に飛び込んできた瞬間、視界が白く弾けた。


 気づけば、足元の石段は霧に飲み込まれ、周囲の竹林は透き通る光の粒に変わっていた。

 風が一陣吹くたびに、世界の形が崩れ、別の色に塗り替えられていく。


 そして──湊は見た。

 空と海が逆さに重なり合う、不思議な世界を。

 川のように流れる文字が、空を泳ぐ魚のように漂っている。


「……ここが……常世……?」


 言葉にした瞬間、風が応えるように吹き抜けた。

 その風の中から、一人の少女が現れた。


 白衣のような衣を纏い、長い黒髪を揺らしながら。

 彼女の瞳は淡い光を帯び、どこか寂しげに微笑んでいた。


「──ようやく来たのね、“詠み人”。」


 湊の胸は激しく鼓動し、言葉を失った。

 けれど、その声だけは、はっきりと意味を持って響いていた。

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