第4節「言葉をなくす病」
翌日の学校は、どこかざわついていた。
教室に入ると、黒板に書かれた文字が半分ほどかすんで消えている。先生がチョークを走らせても、すぐに白い粉だけが残り、書いたはずの字は輪郭を失っていった。
「先生、それ……見えないんですけど。」
「いや、ちゃんと書いてるぞ。ほら、これは──」
そう言いかけた先生の声が、急に途切れた。
口は動いているのに、音が意味を持たず、ただのざらついたノイズに聞こえる。
クラスの全員が息を呑み、耳を塞いだ。
次の瞬間、隣の席の女子が泣き出した。
「ノートが……ノートが読めない……!」
開かれたページには文字がびっしり書かれていたはずだ。けれど、今は黒い線がぐちゃぐちゃに絡み合っただけの模様になっていた。
教室の空気が一気に冷え込んだ。
誰もが言葉を失い、ざわめきだけが響いた。
放課後、湊が商店街を通ると、シャッターに掲げられた看板の文字が消えかけていた。
「八百屋」のはずが「八 屋」と空白になり、「薬局」は「 局」と読めるだけだった。
通りすがりの老人が、焦った顔で湊に話しかけた。
「なぁ、坊主……“言葉が消える”ってことが、本当にあるのか?」
湊は返す言葉を探したが、喉が詰まって声が出なかった。
昨夜の井戸の声が頭の奥で蘇る。
──ここに、ことばはねむる。
祖母の死とともに途絶えた祈り。
そして今、世界から奪われていく言葉。
それは、町だけの問題ではない。
やがて、この国全体、いや、世界へと広がっていく“病”の始まりだった。