第2節「誰にも読めない短冊」
祖母の四十九日を控えたある日の午後、湊は神社の掃除を手伝うことになった。
霧結町の小さな鎮守──白霧神社は、山の斜面にひっそりと建っている。参道の石段には落ち葉が積もり、社殿の屋根瓦には苔が生えていた。
境内を掃き清めていると、古びた倉の鍵を預かった神主が「少し整理しておいてくれ」と頼んできた。誰も近寄らなくなった倉には、埃をかぶった祭具や古い掛け軸が雑然と積まれていた。
湊は戸口を開けると、むっとするような湿った匂いに顔をしかめた。
そのときだった。棚の隅に落ちていた木箱が、かすかに光を放っていたように見えた。
箱を開けると、中には黄ばんだ和紙が何枚も重なっていた。
短冊のように切りそろえられた紙片には、確かに文字が書かれている……はずなのに。
「……なんだ、これ。」
湊は目を凝らした。
ところが、その文字は墨で書かれたはずなのに、まるで水に滲んだように輪郭が掴めない。見ようとすればするほど、形が崩れ、意味を結ばない。
不思議なことに、声に出して読もうとしても舌が回らなかった。
まるで、言葉そのものが拒んでいるようだった。
ただ一瞬だけ──風が倉の隙間から吹き込んだとき。
短冊の文字が浮かび上がり、淡い光を帯びた。
そのとき、湊の耳に、誰かの声がかすかに届いた。
「……うた……わすれるな……。」
振り返っても誰もいない。
あるのは、光る短冊と、胸の奥を震わせるような声の余韻だけだった。