第1節「祈りを失った町」
蝉の声が、山あいの小さな町に響いていた。
霧結町──地図にもほとんど載らないほどの過疎の村落。商店街のシャッターは半分以上が閉まり、路線バスは一日二往復。町の人々は互いの顔を知りすぎるほどに知っている。外から来る者はほとんどなく、ただ季節の風と、山を越えて吹く霧だけが、町を訪れる旅人のように現れては去っていった。
湊は、祖母の家の縁側に座り、ぼんやりと空を見上げていた。
先日亡くなった祖母の祭壇には、まだ白い菊の花が生けられたままだ。線香の匂いが風に揺れ、少し焦げた畳の匂いと混ざっている。
祖母は口癖のように言っていた。
「言葉には、神さまが宿るんだよ。だから大事に使いなさい。」
けれど、湊にとってその言葉は、田舎に縛られた古い考えにしか思えなかった。都会に出ていった同級生たちはスマホの画面で世界とつながっているのに、自分は古びた町で“言葉”なんて信じろと言われても、素直に頷くことはできなかった。
そのとき、遠くの神社から太鼓の音が響いた。
だが、誰も答えるように柏手を打つ声はなかった。
祭りの準備をする大人たちも、子どもたちもいない。神社の境内は、ただ風が吹き抜けるだけだった。
「……ほんとに、祈る人なんて、もういないんだな。」
湊は、声に出してみて、少し胸が痛んだ。
その痛みの理由が、祖母を失った寂しさなのか、町が静かに消えていくことへの焦りなのか、自分でもよくわからなかった。
ただひとつ確かなのは──この町から、祈りが消えかけている、ということだった。




