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常世の詠み人(とこよのよみびと)  作者: 霧坂 レイ
第4章 失語の夜と、祈りの覚醒
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第2節「ミヨの記憶と別れ」

 影が去ったあと、常世の風は沈黙を取り戻していた。

 湊は荒い息をつきながら、隣に立つミヨの横顔を見つめた。

 だが、その瞳は遠くを見ていて、どこか決意を秘めていた。


「湊……わたしのことを、話さなくちゃ。」


 その声は震えていたが、不思議な静けさをまとっていた。


「わたしはね……もともと、この常世の巫女じゃないの。」


「え……?」


 ミヨはゆっくりと目を閉じた。

 すると、周囲の霧が揺れ、彼女の背後にいくつもの光景が浮かび上がった。

 瓦礫の街、折れた校舎、泣き叫ぶ声。

 そして、その中で小さな少女が声をあげて祈っている姿──。


「……これが、わたしの記憶。

 震災の夜、わたしは家族を呼び続けた。

 でも、声は届かなかった。

 やがて気づいたら、この常世にいたの。」


 湊は息を呑んだ。

 ミヨは人ではなく、“祈りを残して消えた記憶そのもの”だった。


「わたしは……本当はもう、この世にはいないの。

 でも、祈りだけが常世に留まって、巫女の姿をとっていた。」


 ミヨの声がかすれる。

 その姿は霧と同じように淡く揺らぎ始めていた。


「……《トコヨノカミノウタ》が完成したとき、わたしは消える。

 それが、わたしの役目。祈りを次の人へ渡すための……。」


「待ってくれよ!」

 湊は叫んだ。

「君がいなくなるなんて……そんなの、嫌だ!」


 ミヨは首を振り、微笑んだ。

 その微笑みは、どこか寂しく、けれど誇らしげだった。


「湊、あなたが“詠み人”だから。

 わたしは安心して、ここで終われるの。」


 霧が濃くなり、ミヨの輪郭はさらに淡くなる。

 湊は必死に手を伸ばした。

 だが、その指先は風を掴むように空を切った。


「お願い……歌を完成させて。

 そうすれば、わたしの祈りも、すべての声も……永遠に残るから。」


 ミヨの声が消えると同時に、常世に光の雨が降り注いだ。

 それは彼女が残した最後の祈りの断片だった。


 湊はただ、拳を握りしめ、胸の奥でその声を受け止めた。

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