第2節「ミヨの記憶と別れ」
影が去ったあと、常世の風は沈黙を取り戻していた。
湊は荒い息をつきながら、隣に立つミヨの横顔を見つめた。
だが、その瞳は遠くを見ていて、どこか決意を秘めていた。
「湊……わたしのことを、話さなくちゃ。」
その声は震えていたが、不思議な静けさをまとっていた。
「わたしはね……もともと、この常世の巫女じゃないの。」
「え……?」
ミヨはゆっくりと目を閉じた。
すると、周囲の霧が揺れ、彼女の背後にいくつもの光景が浮かび上がった。
瓦礫の街、折れた校舎、泣き叫ぶ声。
そして、その中で小さな少女が声をあげて祈っている姿──。
「……これが、わたしの記憶。
震災の夜、わたしは家族を呼び続けた。
でも、声は届かなかった。
やがて気づいたら、この常世にいたの。」
湊は息を呑んだ。
ミヨは人ではなく、“祈りを残して消えた記憶そのもの”だった。
「わたしは……本当はもう、この世にはいないの。
でも、祈りだけが常世に留まって、巫女の姿をとっていた。」
ミヨの声がかすれる。
その姿は霧と同じように淡く揺らぎ始めていた。
「……《トコヨノカミノウタ》が完成したとき、わたしは消える。
それが、わたしの役目。祈りを次の人へ渡すための……。」
「待ってくれよ!」
湊は叫んだ。
「君がいなくなるなんて……そんなの、嫌だ!」
ミヨは首を振り、微笑んだ。
その微笑みは、どこか寂しく、けれど誇らしげだった。
「湊、あなたが“詠み人”だから。
わたしは安心して、ここで終われるの。」
霧が濃くなり、ミヨの輪郭はさらに淡くなる。
湊は必死に手を伸ばした。
だが、その指先は風を掴むように空を切った。
「お願い……歌を完成させて。
そうすれば、わたしの祈りも、すべての声も……永遠に残るから。」
ミヨの声が消えると同時に、常世に光の雨が降り注いだ。
それは彼女が残した最後の祈りの断片だった。
湊はただ、拳を握りしめ、胸の奥でその声を受け止めた。




