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常世の詠み人(とこよのよみびと)  作者: 霧坂 レイ
第3章 言葉を失くした人々の祈り
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第1節「忘れられた教室の黒板」

湊とミヨは、常世と現世を結ぶ“狭間の道”を通り抜けた。

 辿り着いたのは、山の麓にひっそりと佇む廃校舎だった。震災の後に閉校となり、誰も訪れなくなった場所だ。


 校庭の雑草は腰の高さまで伸び、遊具は錆びて赤茶けている。

 風が吹くたび、窓ガラスの割れた音が微かに響いた。


「ここにも……言葉が眠っている。」

 ミヨが囁く。

「この場所で交わされた“声”が、まだ常世に留まっているの。」


 湊は胸の奥にざらつくような感覚を覚えた。

 祖母に手を引かれて避難所へ行ったあの日の匂い──土埃と消毒液の混じった匂いが蘇る。


 二人が教室に入ると、黒板に奇妙なものが残っていた。

 かすれて消えかけた文字列。だが、その一部だけが淡く光っている。


「……『ありがとう』?」


 湊が読んだ瞬間、黒板全体が揺らぎ、消えかけていた文字が次々と浮かび上がった。

 ──「また明日」

 ──「がんばれ」

 ──「生きて」


 どれも、生徒や教師たちが最後に書き残した言葉だった。


 光の文字は教室中に舞い上がり、ひとつの旋律を紡ぎ始める。

 湊の耳には、歌のような響きが聞こえた。


「これが……歌の断片……。」


 ミヨは静かに頷いた。

「そう。忘れられた祈りが、あなたの声で呼び覚まされる。」


 湊は黒板に向かって、震える声を絞り出した。

「ありがとう……。」


 その一言が教室に響いた瞬間、光の粒は黒板から解き放たれ、窓の外へ飛び立った。

 空に昇るそれは、まるで子どもたちの笑い声が形を変えたかのようだった。


 湊の目には涙が滲んでいた。

 言葉は消えない。

 誰かが祈りを込めた声は、たとえ忘れられても、どこかで必ず響き続けている。



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