表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/21

プロローグ 「世界から、言葉が消えた日」

最初に異変に気づいたのは、祖母だった。


 その朝、彼女はいつものように、縁側で茶を啜りながら新聞を読んでいた。けれど、眉をひそめたまま、何度も紙面を見直していた。


「……字が、抜けてる。ほら、これ……。」


 湊が覗き込むと、そこには確かに、いくつかの漢字が滲んだように崩れていた。まるで、紙そのものが“記憶を失っている”かのようだった。


「見えづらいだけじゃないの?」


「違うよ。さっきまでは、ちゃんと読めたんだ。」


 祖母の声は穏やかだったが、その目は不安げだった。


 その日の午後、近所の主婦たちが「炊飯器のボタンの文字が消えた」と騒ぎ、学校では生徒たちが「教科書が読めない」と泣き出した。


 テレビでは、キャスターが言葉を詰まらせ、SNSでは「文字が消えるバグか?」と話題になっていた。


 でも、それはバグではなかった。


 世界が、“言葉”そのものを忘れ始めていた。


 ニュースは映像だけになり、看板の文字は空白に変わり、人々の会話は次第に意味を成さなくなっていった。


 耳に届くのは、意味のない音の連なり。目に映るのは、白く濁った記号。


 やがて、言葉を持たない世界が、静かに日常を蝕んでいった。


 祖母はその夜、もう一度だけ、何かを口ずさんだ。


 それは、湊が幼い頃、眠れぬ夜に聴かせてくれた不思議な歌──。


 言葉の意味はわからなかった。けれど、その声には、なぜか涙がこぼれるような力があった。


 それが、湊のすべての始まりだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ