プロローグ
記憶は経験だ。であるならば、記憶を失った者は一度死んだと解釈できる。
それが何より苦しかった。
記憶は想いだ。であるならば、記憶を失った者は赤ん坊だと解釈できる。
それが何より切なかった。
記憶は強さだ。であるならば、記憶を失った者は弱者だと解釈できる。
それが何より真実だった。
それが何よりも、ずっと。
私の兄は家族を失った。
過去を知る事が出来ても戻ることは許されない、その事実が余計兄を苦しめた。
暗然とした彼を視て、漸く全貌を知った。自分の無力さが浮き彫りとなり、悲嘆と憤怒に何度も身を置いた。それでも、だからこそ、兄に変わって戦おうと誓ったのだ。たとえ霊になったとしても。
ある人が死の間際、「未来に光を灯せ」と息子に伝えたと聞く。ここで言う光は命だ。腕を切られようが腹を貫かれようが自身の命を捨てようが、人々の未来を守れと。自分の光が消えようとも未来を明るく灯し続けろ、とそのような意味を込めて、死に際に未来を生きる息子へ放ったこの遺言。
先日、私はこの言葉を兄から告げられた。満面の笑みで放たれる極めて特殊な遺言に、私は笑って返すことしかできなかった。兄とその周りにいる人達の戦いを知っていたから。言葉一つじゃ説明できない過去が目の前に散在していたから。
言葉足らずを重々承知ながらお疲れ様と一言添えて、私は決心を固めた。
継ごう。あの人達の意志を。
倣おう。あの人達の勇姿を。
そして、
語ろう。鳴り迫る空の上から『英霊が来る』までの、あの人達の物語を。
歴史、それは誰かの人生であり、我々の人生もまた必ず歴史となる――。