第49話
『聖花の日』。
この日は学園のあちこちで、男子が緊張しながら女子に花を渡している光景が広がっていた。
もちろん、僕の恋人たちも例外ではない。
「モモア様! こ、これ……!」
「えっ? あ、ありがとう。」
「リア様! 俺の気持ち、受け取ってください!」
「ありがとうございます。」
「ユノア様! ぼ、僕も! 受け取ってください!」
「うん、ありがとう。」
―――炎の王女 モモア・フレイム・アルトドルフ
―――雷の皇女 リア・ヴォルデンベルク
―――大地の公女 ユノア・グランツバッハ
この『三剣姫』は、僕のうちの学年の中でも圧倒的な人気を誇る存在だった。
彼女たちは、次々と男子生徒から花を受け取っていた。
「……これ、もらってください!」
「僕の気持ち、少しでも届いたら……!」
「ずっと前から好きでした……これが俺の気持ちです!」
男子たちは、それぞれ緊張した面持ちで花を差し出し、彼女たちはにこやかに受け取っていく。
早く終わらないかな……。
朝、通学路の途中にある、いつもの待ち合わせ場所までやってに来たら、こんな状況になっていたのだ。
彼女たちは僕の恋人だ。
手を繋いで登校しているところだって、他の生徒にいつも見られている。
それなのに、男子たちはひるむことなく花を差し出している。
——恋は盲目、とはよく言ったものだ。
僕が彼女たちと並んで歩いている姿は、彼らの目には映っていなかったのだろうか。
それとも、例え僕が傍にいたとしても、彼らにとっては関係のないことだったのか。
どうしよう。
このまま一人で登校しようかな……。
……でも。
三人は僕が来ていることに気付いている。
彼女たちは、花を受け取るたびに……
―――チラッ
僕の方を見てくる。
モモアは、小悪魔のような笑みを浮かべて。
リアは、誇らしげに胸を張って。
ユノアは、穏やかな微笑みを浮かべながら。
なぜ、こっちを見る……!?
『どう、私ってモテるでしょう?』と言いたげだった。
……うん、先に行こう。
僕がその場を離れ、学園へ向かって歩き出した。
「ちょ……ちょっと待ちなさいよ!」
モモアが僕のことを追いかけてきた。
「な……なんで先に行くのよ」
「なんでって……君たちはファンサで忙しいでしょう?」
「ファンサ?」
「ファンサービス。握手してくださいって言われたら、それに対応してあげる……みたいなこと?」
「ふ~ん……ファンなんてどうでもいいわ」
「おい……。花をもらって嬉しそうに『ありがとう』って言ってたじゃん」
「それは……まあ……一応ね」
ユノアもリアも追いかけてきた。
何だよ。
みんな結局僕と一緒に登校したいのか。
―――――
「じゃあ、学園についたらレティシアのところに行くからついてきてよ。」
僕がそう口にした瞬間、目の前にいる三人の表情が一変した。
「は?」
モモアが眉をひそめ、不機嫌そうに声を漏らす。
「……なぜ」
リアは冷静に問いかけるが、その声のトーンは微妙に低い。
「どうしてレティシア様なんですか?」
ユノアは一見柔らかな笑みを浮かべているが、目が笑っていない。
あ、ヤベ。
地雷を踏んだ気分だ。
何気なく言ったんだけど、変に重い空気が漂い始めた。
学園に行ったら、レティシアに花を渡して……
そのあと教室に行ってララに花を渡して……
その後、この三人に渡そう……と思っていたんだけど。
だが、この三人の表情を見れば分かる。
明らかに気に入らないようだ。
自分たちよりレティシアが優先されることを。
でも、僕はこの三人の主人だぞ。
もう、以前のように僕が馬鹿にされるような関係ではない。
かつての僕は「無能」と呼ばれ、理不尽に蔑まれる存在だった。
でも今は違う。
僕の言うことを聞かないと、スキルを奪われ捨てられる……。
そんな恐怖を植え付け支配しているんだ。
……とはいえ、僕は彼女たちにそんなことをしたくはない。
力で無理やり従わせるのは簡単だけど、僕が求めているのはそういう関係じゃない。
本当は普通に恋人としてやり取りをしたいんだ。
だから強権発動したことはないけど……。
……。
……だけど。
この空気はちょっと怖い。
「やっぱり……レティシアは後にしようかな……」
僕がそう言うと、三人の表情がまた変わった。
モモアはあからさまに馬鹿にしたような顔をする。
リアは鼻で笑い、肩をすくめた。
ユノアは柔らかく微笑む……けれど、なぜか満足げな表情にも見える。
そして、ユノアが一歩近づいてくると、僕の腕にそっと自分の腕を絡めた。
「それでは、行きましょうか」
彼女の声はいつも通り穏やかだったが、どこか勝ち誇ったような響きがあった。
僕は彼女の腕に視線を落とす。
ユノアは、男子生徒から次々ともらった花を抱えている。
一本ずつもらっていた花が、すでに立派な花束になっていた。
「その……花束持ちながら歩くの、歩きにくくない?」
「じゃあ、この花束捨てていこうかな」
僕は慌てて首を振る。
「いやいやいや……みんなのそれぞれの想いがあるからさ」
なぜか僕は男子側の視点で考えてしまう。
彼らも勇気を振り絞って花を渡したのだろうし、それをポイッと捨てられたらあまりに可哀想だ。
「私は……今日は一本だけ、花をもらえたら十分なので」
「……そ、そう?」
「それに……私は順番なんて気にしませんので」
「……へえ?」
ユノアがぎゅっと体を密着させてくる。
……いや、めちゃくちゃ気にしてるだろ。
さっき僕がレティシアの名前を出したとき、ユノアの眉間にうっすらシワが寄っていたのを、僕は見逃さなかった。
その時だった。
「あぁ、私も今日は花がもらえるかな~!?」
後ろから、モモアが何でもないような調子で言った。
「すでに、いっぱい花をもらっているでしょうに」
リアが冷静にツッコむ。
「違うじゃん。……リアも分かってるくせに」
「さぁ……何のことでしょう」
リアはふぅっとため息をつきながら、少しだけ僕の方を見た。
後ろの二人からも、なんか僕にプレッシャーを与えてくるんだけど。
……ハーレムって、バランスを保つのが難しいんだろうな……。
ハーレムを形成しつつある僕が言ったら他人事みたいなんだけど……。




