第4話
僕も、僕自身のことを無能だと思っていた。
もちろん周りの人間も、僕のことを無能だと思っていた。
しかし、ある時に気が付いた。
僕は人の能力を奪えることを。
翌日の放課後。
授業が終わると僕は迷わず図書館へ向かった。
図書館の隅、あまり人気のない一角に腰を下ろし、本を開く。
「魔剣士の基礎知識」という本だった。
剣の扱い方や戦術、魔法との併用方法などが記された初歩的な指南書だ。
スキルを持たない僕には、戦術と知識だけが武器になる。
そう信じて、必死にページをめくる。
だが、どれほど読み進めても心の奥に冷えた感覚が残った。
――僕がこの知識を得たところで、何の意味がある?
――実際に剣を振るったところで、スキル持ちには絶対に勝てない。
剣技スキルを持つ者は、ただ剣を振るうだけで"技"になる。
魔法スキルを持つ者は、ただ詠唱するだけで"発動"する。
それに対して僕は、どれほど理論を理解しようとも実戦では通用しない。
知識だけではどうにもならない現実を突きつけられ、心が沈んでいく。
そんな時だった。
僕の目の前に、一冊の本が現れた。
いや、"現れた"という表現が適切なのか分からない。
まるで何かに導かれるように、本棚の隙間から滑り出し、僕の手元に落ちてきたのだ。
「……何だ?」
その本を手した取った時だった。
――――バチッ
静電気が走ったようだった。
いや、静電気とは違う。
まるで電気信号を僕に送ってくるような感覚。
本が何かを訴えてくる。
表紙にはこう書かれてあった。
『無能が天才に勝つ方法。』
……自己啓発本か?
眉をひそめながら、僕は慎重にページをめくる。
しかし、全てのページは空白だった。
「は?」
何の文字も書かれていなければ、何の絵も描かれていない。
ただの白紙の本。
質の悪い冗談だ。
無能が天才に勝つ方法はないと言いたいのか?
本まで僕をバカにしやがって……。
苛立ちと虚無感が入り混じる中、僕は本を閉じようとした。
……だが、その時だった。
「……っ!」
指先が熱を持ったような感覚とともに、視界が一瞬、白く光に包まれた。
気がつくと、少し離れた場所にいた上級生の女の子が、突然うずくまっていた。
彼女は机の前に立ち、宙に浮かせた本を操作していた。
どうやら物体浮遊の魔法の練習をしていたらしい。
だが、今はぐったりと膝をつき、額に汗を浮かべていた。
「な、何……? 力が……抜ける……」
彼女の手元にあった魔道書が床に落ちる。
それと同時に、浮遊していた本がバサリと地面に散らばった。
その瞬間――僕の頭の中に、ありえない情報が流れ込んできた。
……なんだ? この感覚……?
まるで誰かの記憶を覗き込んだような錯覚。
知らないはずの知識が、まるで自分のものだったかのように頭に刻み込まれる。
僕の手は震えていた。
だが、それは恐怖ではなく、興奮だった。
彼女のスキルが、僕のものになっている――!
試しに、無意識のうちに理解した魔法を唱える。
すると、本棚に置かれた本がふわりと宙に浮いた。
本来、僕は魔法を使えないはずだった。
それなのに――今、僕の意思で魔法を操っている。
……確信した。
僕は、人のスキルを奪うことができる。
冷や汗が背中を伝う。
僕は震える指先で、もう一度、例の本を開いた。
『無能が天才に勝つ方法』
間違いなくさっきまで全てのページが白紙だった。
しかし改めて確認すると、最初のページに、いつの間にか"文字"が刻まれていた。
―――他人のスキルを奪え。
それから数日間、僕は慎重に自分の能力を試し、検証した。
どうやら、僕は「対象のスキルを奪い取る」こちができるらしい。
相手のスキルを把握している状態で、相手に触れるとスキルを奪うことが可能になる。
また、距離が離れていても相手が一瞬でも魔力を解放した瞬間に、そのスキルを奪うことができる。
一度奪えば、相手はそのスキルを失い、僕が使用できるようになる。
僕の意思でスキルを元の持ち主に返すこともできる。
……これは、戦い方次第では最強の能力になり得る。
そして僕は、決めた。
この力を使って、あの剣姫たちを屈服させる。
後日、例の本を図書館で確認してみたが、どこにも見当たらなかった。
蔵書一覧で調べてみたが、一致するタイトルの本はなかった。
一体何だったのだろうか……。