99・増える弟子志願
弟子入りを望む者が二名になりました。
しかも二人目の出身は、一人目の子の同郷。
立場も同じく、聖女候補。
やはり、この子も私の噂を聞きつけて、大地の女神の神殿からかっ飛んできたのでしょうか。
大人気ですね私。
「僕が先に承諾してもらったのだから、君は大人しく引き下がるべきだよ」
「どちらを選ぶかは、この方次第じゃない? 早い者勝ちじゃないんだから」
「君が……僕を差し置いて、選ばれると?」
「当然も当然、大当然ね。あなたの出る幕はないわ。さっさと尻尾丸めて帰りなさい」
「うぬぼれもそこまで強いと呆れるね。いや、哀れかな。そこそこの才能を過信する愚かさ、実に哀れだよ」
「フフッ、才能にさして愛されなかった人に言われてもねぇ。嫉妬にしか聞こえないわ」
うわあ。
すごいバチバチやりあってる。二人の間に火花が見えそう。
「あのー」
とりあえず舌戦を止めましょう。
でないと話がまとまるどころか進みすらしませんからね。
口喧嘩を見物するために呼んだんじゃないんですから。
私が(ピリついた雰囲気を和らげるため)間の抜けた声で呼びかけると、二人は私そっちのけで揉めていたことに気づき、
「は、はい、申し訳ない。つい話に夢中に」
「その、見苦しいところをお見せしてしまい、どうもすいません」
「積もる話はまた後程、ゆっくりやって下さいな」
「おっしゃる通りです。僕としたことが」
「ごめんなさい……」
あっさり二人とも引き下がりました。
そりゃそうですよね。
ここで食い下がっても、ただ私の不興を買うだけで銅貨一枚の得にもなりませんもの。
「えっと……あなたがルミティス・スパーリアさんですね。オレンティナさんと、同じ出身で間違いない?」
「はい。こんなのと一緒にされたくありませんが、まあ、そうです」
「僕としても困りますね。格下と同じ扱いというのは」
「まあまあ、まあまあまあ」
また険悪になりだしたので止めます。止めないとさっきの繰り返しですからね。
……どうして私がこの子達の仲裁しないといけないんでしょうか。
仲の悪い弟子達(にする予定)の喧嘩止めるのって、果たして本当に師匠のやるべきことなの?
「なぜ私の元へ?」
「おそらく、誰かさんと同じ理由かと」
そう言ってチラリと横目でオレンティナさんを見ると、彼女もまた同じタイミングでルミティスさんを見ました。
不快さを隠そうともしない視線同士が激突しましたが、それ以上のことは起きませんでした。
「この国で開催された武術大会で最上位の守護魔法が使われたと、そう耳にしました。ウィルパトの平和と繁栄を守る立派な聖女になるため、その方の薫陶を受けたいと思い、神殿から旅立ったのです」
「私、そんなに有名なんですか」
「知る人ぞ知る存在のはずです。スパーリア神殿だけでなく、各国にある有力な神殿でも、話題になっているのではないでしょうか」
オレンティナさんが補足してくれました。
そうですか。
知る人ぞ知る、ですか。
話題になるのはあまりよろしくないですね。
しかし広まってしまったものはもう取り返しがつきません。一日でも早く、風化するのを願うばかりです。風化するどころか尾ビレがついてさらに悪化したら引っ越しも視野に入れないといけませんね。
「でも私、暗黒騎士なんですよ?」
「そこは受け入れることにしましたわ。祖国のためなら、清濁併せ呑むのも仕方ないと」
「私は濁り水ですか」
「いやその、そういうわけでは!」
やっちまったとばかりにルミティスさんが慌てました。
まあこれは私の聞き方が意地悪でしたね。
オレンティナさんはというと、ライバルの失言に、口の端を少し吊り上げ喜んでいます。ここは黙っておくべし、とでも考えてるのでしょうか。
「口が緩いのは困りものですが、裏を返せば腹黒さがないとも言えます。嫌いではありませんよ、そういうの」
「そ、そうですか」
ルミティスさんがホッと胸を撫で下ろしました。
歳のわりになかなかの大きさです。
そこのサイズだけならオレンティナさんの完敗ですね。
今後の成長次第ではまともに戦えるようになるかもしれませんが、さらに引き離されるということもあり得ます。こればかりは運頼みなので。
そんなおっぱい合戦はいいとして。
「…………むっ」
私の「嫌いじゃないよその口の軽さ」発言で優勢が消えたことにガッカリしたのか、オレンティナさんの口が喜び一転、固く締まりました。
クールで思考が読めなそうだという印象でしたが……なんか、こっちもチョロそうですね。
ふむ。
この感じなら、二人とも、おかしな企みも持ち合わせてないんじゃないですかね。
腹に一物ある食わせ者が、やらずともよい無用のトラブルをわざわざ起こすはずありませんもの。
「いいですよ」
見たところ、二人とも何でもそつなくこなしそうですからね。
うら若き乙女の身で一人旅できているのだから、それも当然ですけど。
単独でどうにでも生きていける実力や技量がなければ、魔物や悪党の餌食となるか、行き倒れとなるのがオチです。
路傍の骸にならず私のところまで来れたのだから、ポーション運送の護衛でも足手まといにはならないでしょう。
「それでは……!」
「あなたも、私のお弟子さんになることを認めますね」
「やったぁ!」
「やれやれ……」
跳び跳ねて歓喜するルミティスさんと、頭に手を当て難しい顔をするオレンティナさん。
この仲の悪さが上手く作用して、切磋琢磨してくれることを願いましょう。
──しかし、具体的に何をどう教えたらいいのかは、さっぱりなのですがね。
無論、この二人はそのことに一切気づいていません。
気づくはずがありません。心が読めでもしなければ無理です。
もしかしたら、何の成果もないままひたすら労働させられるだけかもしれないのに、彼女らの瞳は期待に輝いています。不幸な事です。
でもね。
暗黒騎士なんかに教えを乞うのがそもそもの間違いなんです。
そりゃそうなっても文句言えませんって。
真っ当な人物を師に選ばなかったお前らが悪いの一言で終わる話ですよ。
そういうわけですから、指導未経験の霧の中、右も左もわかりませんが、手探りであれこれ教えたり働かせたりしていこうと思います。
この子達は聖女として成長できるのか。
それとも私に使われるだけ使われるだけなのか。
まさしく、神のみぞ知る、です。
暗黒騎士なんだからブラック企業みたいなもんですよね。




