96・帰郷はポーションと共に
「……くふふ、実に楽しみですね。どれくらい儲かるでしょうか」
ベーンウェルの街にある雑貨屋や薬屋、自宅近隣の山野などを見て回り、充分すぎる程の薬草を集め、以前の方法を用いてポーションを大量に作りました。
マジで大量に作りました。
あんまり作りすぎたせいで入れ物になる小瓶や陶器などが足りなくなったので、いくつもの大壺(保存の魔法がかかっています)に入れておくことにしました。
それらを、懇意にしているガルダン家に持ち込み、従来の取引先ではなく、殺伐としているエターニアなら高値で飛ぶように売れるだろうと、そう提案したのです。
ガルダン家現当主であるウィレードラさんも隣国の惨状は把握していたので、二つ返事で了承してくれました。
後は結果を待つのみ。
ゆっくり待ちましょう。
すぐ行ったり来たりできる距離ではありませんし、量もかなりありますからね。荷馬車も何台か必要になるはずです。
あちらに着いたら着いたで契約に関する手続きもあるでしょうから、移動の日数とか、もろもろ込みで一ヶ月以上かかるんじゃないですかね。
丸投げしてるんで厳密にはよくわからないですけど、そんなもんでしょ、きっと。
と、どこか他人事のように思っていた、そんなある日。
「……あの、どうしました? 何か問題でも起きました?」
「いえ、そうではありません。わざわざ来てもらったのは、問題が起きたのではなく、起きないようにするための相談についてです。例のポーションの件なのですが……」
「何か?」
「──もしよろしければ、運送する商隊の護衛をやりません?」
そんな話がウィレードラさんから切り出されました。
そのウィレードラさんですが、今日の彼女は肌がほのかに汗ばみ、妙に色っぽいです。同性の私すらそう思えるほどに。
これには理由があり、たまたま我々が結構早めにガルダン家の門をくぐったからです。つまり早く来すぎたのです。
約束の時間にはまだ早いからと、それまで義理の息子さんとよろしくやってたのでしょう。
つまり息子さんは今、おあずけを食らった状態のはずです。私達が帰ったあと、激しく燃え上がりそうですね。
「護衛ですか……」
母子の秘めやかな関係はともかく。
──さて、どうしましょうか。
「…………」
隣に座るリューヤと顔を見合わせます。
私はいつもの角兜、彼はフードを深くかぶって口元も布で隠しており、互いに表情はわかりません。
ですが、『困ったもんだね』という雰囲気は何となく伝わってきました。きっとリューヤも同じ気分だと思います。
「あまり気が進みませんね。あちらの国の方々とは……その、ソリが合わないので」
ボロがあまり出そうにない理由を適当に言って誤魔化します。
合うも合わないもあったもんじゃないんですよね。ケンカ別れみたいな結果になってるんですから。
それなのにエターニアにのこのこ行って、もし民衆に私の正体がバレたら、どうなるか。
①・聖女様が帰ってきて下さった! これで我々は救われる! バンザーイ!!
②・どの面さげて戻ってきやがった! テメーが逃げたせいで俺たちは……! 吊るせ吊るせ! 吊るしちまえ!!
う~ん……どっちになるか、まるで読めません。
かなり切羽詰まっているでしょうからね。遺恨より安全を選んでもおかしくないです。
しかし、私に対するエターニアの民の態度は本当に酷いものがありました。
全ての民がそうした恩知らずではないことは百も承知ですが、圧倒的多数の大河に一部の湧き水など軽く呑まれるのが世間というもの。
となれば、②の流れになるほうが自然かもしれないですね。
行くのやめとくほうが無難でしょう。
しかし、護衛を他の方々に任せるのも、それもまた不安があります。
なにせ今のエターニアは荒れまくっています。生半可な実力しかない者では、私のお手製ポーションを悪意の牙から守りきるのは厳しいのではないでしょうか。
このコロッセイアの国内で取引するなら、そこまで気を揉むこともないのですが……いやはや。
「ちょっといいですかね」
リューヤが軽く挙手しました。
「何かしら?」
「どうして俺達なんです? 腕利きのツテくらいあるでしょう?」
「武闘祭での一件を、前日たまたま耳にしたからです。私はそうしたお祭り騒ぎに興味無かったので、全く知りませんでした」
あー、そうですか、そうですか。
私達の強さを知っちゃいましたかー。かーっ。
「それはつまり……私がただの呪い師ではなく、防御魔法を極めた暗黒騎士だと知ったのですね」
「……そう言い張ってるとは、聞きました」
「事実です」
「わかりました。堂々巡りは遠慮したいのでそれでいいでしょう。何の得にもなりませんからね。──で、本題ですが、護衛の依頼……引き受けてもらえる?」
「その前にお聞きしたいのですが、ポーションはどこまで運ぶのでしょう」
「それなんですが……仕事だから運びはするが長居はしたくないと、商隊からも不安の声が上がっているの。無理もないわ。だから、エターニア側にある国境沿いの大きな街で、取引を済ませる予定になっています。ネオリア……といったかしら」
「ああ、あそこですか」
「あったな確か」
「……二人とも、知っているの?」
ウィレードラさんがキョトンとした顔を見せました。
初めて見ますね、この人のそんな顔。
「冒険者をしていた頃に、何度か立ち寄ったことがありまして。あの辺は守護結界の綻びが酷くて、街を挙げての魔物退治イベントが定期的に開催されていたんですよ」
「まあまあ経験積んだ新人冒険者が調子乗って挑んで死ぬから、半人前殺しの街なんて呼ばれたりしてたな、あそこ。俺たちは余裕だったが」
「懐かしいですね。酒場やギルドで大口叩いてる人に限って、イベント終わると礼拝堂の床で横たわってるんですよね。冷たくなって」
「そうそう。及び腰な奴が大抵生き残るんだよな、ハハハ」
「くふふっ」
「……………………」
ウィレードラさんが急に無言になってしまいました。
顔がちょっとひきつっているように見えますが、どうしたのでしょうね。持病でしょうか。
──そうして、屋敷の女主人そっちのけで思い出話に花を咲かせた、その後。
私とリューヤは護衛の依頼を引き受けることにしました。
国境沿いなら、もし素性がバレてもコロッセイア側に逃げ込むのは、さほど苦労しないでしょう。
バレないよう最善を尽くすつもりですが……悪い出来事ってのは悪いタイミングで起きたりしますからね。しかも私は幸運に恵まれていないときています。
聖なる者には受難が付き物とはいいますが、少し加減してほしいものですね、まったくもう。




