95・人の不幸は銭の味
かつて、コロッセイアではゴールドラッシュという事態が起きたそうです。
そこかしこの山に眠る(かもしれない)金脈を掘り当て、大金持ちになる絶好の機会だと、つるはし片手に屈強でタフな男達が大陸中から押し寄せたのだとか。
しかし主要な金脈はとっくに国に押さえられており、コロッセイアの国庫を潤わせるために使われていました。ですよね。
国がそんなのほっとくわけないですもの。
それでもなお、未知の金脈はいくつも存在しており、黄金の女神に運良く巡り合えた者のみが、富豪となって名士の仲間入りを果たしたのです。
他国であれば『金名士』などと侮蔑されるであろう経緯ですが、ここはコロッセイア。上も下も細かいことは気にしません。したら負けみたいな風潮すらあります。
どこどこの山で誰々が大当たりしたそうだ。
なんだと、クソが。
負けてられねえ。
必ずだ、俺も必ず見つけてやる。
いやいや、先に見つけるのは俺さ。
こんな会話がそこら中の酒場で連日交わされていたとか。
女神に出会えた者の話を羨ましくも苦々しく聞いては、意欲と欲望を焚き付けられ、男達は皆、負けるものかと燃え上がります。
めぼしい金脈が見つかり尽くされるまで、百年近くに及び、この狂騒は続いたそうです。
さて。
何も見つけること叶わなかった、大半の挑戦者達はどうなったか。
つるはし折れ精根尽き、大金持ちへの夢を諦めた男達。欲望まみれの熱意も灰となって正気に戻り、懐かしき故郷に帰ろうにも、そのための路銀もなく。
やむなく彼らは、異国の地に骨を埋める決心をして開拓に精を出し、あまり豊かな大地ではなかったコロッセイアの発展に尽力したのです。
……まだ眠っている金脈があるのではないかと、手つかずのエリアで穴掘りに挑む者も、いまだに後を絶たないようですけど。
いつの世も、金というのは人を魅了し、狂わせるものですね。
そして現在。
隣国エターニアでは、ゴールドラッシュならぬモンスターラッシュ、さらにはアドベンチャラーラッシュの真っ只中であります。
ありとあらゆる種類の魔物の侵入。
内紛で揉めに揉めてる最中、魔物討伐に兵を繰り出す余裕などない権力者たち。
あからさまに見捨てられ、最前線で魔物の脅威にさらされる民。
割を食うのはいつの時代も一番立場の弱い者たちです。
その窮地に立ち上がったのは、使い捨ての荒くれ者もとい冒険者の大群でした。
つるはしではなく剣槍弓矢を手に取り、金鉱発掘ではなく魔物退治で報酬と名声を得ようと、駆け出しから一人前、年期の入ったベテランまで多種多様な冒険者がエターニアに殺到しているのです。
そうなると、あるものの需要と価格が跳ね上がります。
「──はい、それは何でしょう?」
スタンピードがこちらやあちらで起きたと聞かされた日の、穏やかな午後。
空は曇り。
宙に浮かぶ大きな白いモコモコの日傘が、コロッセイアの強い日差しを和らげてくれています。
私はピオを指差しました。
「えっと……武器?」
「確かにそうですが、だからといってそこまで相場が急上昇したりしませんね。はい次」
今度はミオです。
「う~ん……宿場町の宿代とか?」
「多少のぼったくりはやりそうですが、そのせいで、値段の釣り上げしてない他の宿に客が流れたら、本末転倒でしょう?」
なのでミオも不正解。
次はリューヤを指名しました。そろそろ正解出てもいいんですよ?
「まあわかるよ」
「ほう、自信満々ですね。ではお答えください」
「ポーションだろ」
「おお、正解です!」
見事リューヤは私の期待に応えてくれました。
そのお礼にパチパチ手を叩いて称賛してあげます。
「消去法だよ。冒険者がこぞって欲しがる上に価格が急激に跳ね上がるときたら、もうポーションくらいしかないからな」
「その通り」
冒険者が増えるということは、怪我人が増えるということです。
体を張ってお金と評判をいただくのが冒険者ですからね。中には安全な依頼もありますが、そんなのは稀です。
しかも、この混乱の機に乗じて、盗賊や山賊、人身売買や密輸に手を染める悪徳商人なども増加するでしょう。
魔物だけでなく、それらも各自が適切に処理しなければなりません。たいていは暴力で決着をつけることになります。おとなしく捕まる悪党はこの世にいませんからね。
このように、治安が悪くなるほど、危険な仕事が増えるのは自明です。
そして生き死にのかかった依頼が増えれば増えるほど、回復という要素が重要になるのです。
薬草の需要も増えてはいるでしょうけど、ポーションと違って劇的な治癒力はありません。
しかも元々大した価格ではないから、多少値上がりしても誤差の範囲に収まるでしょう。新人冒険者が思わず二の足を踏むくらいの値段にはなりそうですけどね。
「あの金持ちエロ未亡人を通じて大量に出荷することで、ボロ儲けしようと企んでるのか」
「時勢を読んだだけのことですよ」
「その時勢とやら、お前さんが作ったようなもんだけどな」
「む。それはまた……なかなか痛烈な皮肉ですね」
ちょっと良心がチクッとしました。
「ま、きっかけはお前でも、あそこまで事態をめちゃめちゃに悪化させたのはお偉方のせいだがね。魔物の被害が増えてるのをほっといて、内輪の権力争いに注力するとかアホかよ」
「その場しのぎで責任の押しつけ合いしてた神殿の方々も同罪ですね」
結界の維持ができなくなる前に、さっさと現状を貴族の方々に伝えれば良かったものを……とは思いますが、無理でしょう。
それを伝えるということは、つまりは、伯爵の肝いりでカスみたいな聖女を私の後釜に据えた事への責任を取らねばなりません。
そんな貧乏クジ誰も引きたくないですよね。
事が大きくなりすぎて個人では背負いきれないから、誰もが共犯となり、破綻するまで黙っているしかなかった──
「その神殿の連中も、だいぶ苦しい立場らしいぞ」
「聖女追い出して結界維持できなくなった件の片棒を担いでましたからね。それがバレたら世間の風当たりも酷くなるでしょう」
「こちらの冒険者ギルドに流れてきた情報だと、結界の範囲を狭めることで、王都とその周辺の街や村のみを守ろうとしてるそうだ」
「え、他の地域は?」
聞かずとも予想のつく疑問をギルハが口にしました。
「それぞれが頑張れということじゃないのかね」
リューヤの答えは、予想通り非情なものでした。
「切り捨てじゃん」
「そうなるな。苦渋の決断ってやつだ」
ギルハの意見ももっともですが、他に打つ手が無いのもまた確かです。
神殿側からしたら、王都さえ守れば、全てが収まってから盛り返せる。
そう判断したんじゃないですかね。
末端の町や村なんて政治的に何の影響力もありませんもの。今はとにかく国の中枢だけ守り抜くしかないと、そのような総意でまとまったのでしょう。
「王都から追い出されてる第一王子派がそれを利用して、結界の守りから除外された大半の地域を煽ろうとしてるようだが……難しいだろうな。なにせ各地が危険な状況なのは、内紛で兵がそちらに回ってこないせいなんだから」
「まずあんたら和解しろと言いたくなりますよね」
「ああ」
様々な者達の思惑渦巻くエターニア。
ダスティア嬢やロスさんに力と義手を与えた、あの宗教が暗躍するにはもってこいの事態ですが……
……そんなことよりまずは金稼ぎ。ポーションいっぱい売っていっぱい儲けて以降の人生はいっぱいダラダラ過ごすのです。




