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ごめんなさいね、もう聖女やってられないんですよ   作者: まんぼうしおから
第二章・遠ざかるスローライフ

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93・忙しない平穏

 それから。


 何事もなく時は過ぎ。

 前触れだった夏は、本格的な夏となりました。



「ふう。コロッセイアの夏はこんなに乾いているんですね」


 自宅のそばにある薬草畑の様子をチェックしながら、額に滲んでくる汗をタオルでふきふき。

 頭上は、雲ひとつない青空。

 その青空に浮かぶお日様が、今日も大地を飽きることなく炙っています。


「この国の太陽は、エターニアのものより輝いているのかしら」


 そんなわけないのですが、そう思いたくなるくらい、ひりひりする輝きです。


 すぐ隣のエターニアは、こことはうって変わって雨が多く、暑かろうと寒かろうと湿気と共にありました。

 それほど大きくもない山脈のこちらと向こうで、こうも違うものなんですね。

 無駄にじめじめしないのは嬉しいですが、この強い日射しが日常的なのは厳しくもあります。


「そうそう理想の立地はないってことさ」


「ですね」


「この照りつけ具合は確かにしんどいかもしれんが、よそに比べて住みやすいほうだと思うよ。冬もそんな寒くないし、これといってヤバめの災害もなく、魔物の害もさほど多くない」


 しかもこれからは魔物がエターニアに流れるようになるしな、と言って、リューヤは人の悪い笑みを見せました。皮肉でしょうか。


「もしや、私を責めていらっしゃるの?」


「いえいえ、そのようなことは決して。むしろよく我慢なさったと感服している次第」


 この子でも礼儀正しく喋れるんですね。洒落のつもりで上品に問いましたが、そう悪くない返答でした。


「おーい、お客さん来たよー」


 私を呼ぶギルハの声。


「はいはい、またですか」


 やむなく私は自宅のほうへと向かいました。

 今日は少なめだといいのですがね。



「……はい、もうこれで大丈夫ですよ」


「ああ、助かりました。もう一生このままかと」


「これからは、潜る時はお守り(タリスマン)を身につけて下さいね。今回はこのくらいで済みましたが、次はどんな目にあうかわかりませんよ?」


「はい、これからは忘れずそうします、呪い師さま」


「よろしい。ではもうお帰りになられて結構です」


 礼金を支払い、若い男性冒険者は仲間達と帰っていきました。

 私との約束を守ってくれればいいのですが……。


 古い墓所らしきダンジョンに潜った際、呪いを受けたという男性。

 髑髏の群れのようなアンデッドに睨まれ、常に身体が重く感じ、疲労が抜けない呪いをかけられたそうです。

 わりと強めの呪い(私から見ればか弱い呪いでしたが)だったのか、どこの町にでもいる、そこそこの僧侶や神官では解呪もできず。

 高名な人物に頼もうにも、カネもコネもないので無理。

 たまたま手に入れた呪いを緩和する首飾りで騙し騙しやるしかなく──手詰まりだった、そんな時。


 桁外れに腕のいい呪い師がベーンウェルの町に隣接した村にいる。

 そんな噂を聞きつけ、こうしてやって来たのだとか。


 ええ、私です。

 聖女としてではなく、さりとて暗黒騎士としてでもなく。

 世を忍ぶ仮の姿である呪い師として、世間に知られることになったのです。


 納得は、していません。

 ですから助けを求めてくる方々に「私はですね、呪い師というよりカッコいい暗黒騎士なんですよ」と言ってはいるのですが……。

 どの方も、その話になると仮面のように無表情になって、生返事をするばかり。

 わかってもらえません。

 でも、いつかは私のこだわりを皆にわかってもらえると、そう信じます。諦めなければ夢はいつか叶うものですから。


「いつ叶うのかな~」


「いつわかってもらえるのかな~」


 双子がいつもの調子でからかってきました。

 私は無言で愛用の杖を手に取ります。

 杖の先端にドンと居座るバーゲストの顔が「やっちまえ」と言っているような、そんな気がしました。

 しかし、敵もさるもの。

 私の剣呑な気配を感じ取ったのか、私が杖に手を伸ばしたくらいで、双子はどこかに逃げ去りました。

 勘のいい子達ですこと。


「……今回は見逃しましょう」


 追いかけるのも面倒です。

 「あの二人にそこそこのバチが当たりますように」と祈ってから、杖を戻し、畑のほうに戻ることにしました。





 午後からは特に来訪もなく、のんびりとしていました。


「あー、スローライフって最高……」


 木の根元に背中を預け、何もしなくていい時間に浸ります。

 枝葉が生み出す、自然の日陰。ところどころに穴の空いてる暗幕が、お日様を遮ってくれています。


「それでも、気温だけは防げませんね」


 そこまで望むのは欲深でしょう。

 聖女だった頃の息苦しさに比べたら、このくらいの暑さなどぬるま湯に等しいです。


 次から次へとやることがあって、気の休まる時が寝る時と不良神官達との博打くらいしかなかった、聖女時代。

 こんなことなら、自分を知る者がいないよその国に逃げて、そこでまた冒険者として気の向くまま生きればよかった──悔やむ日々が続きました。

 それでも屋根付き寝泊まりできて、三食欠かさず出るし、賃金も(話と違ってぜんぜん少なかったが)払われる。冒険者だった両親に連れられていた放浪生活や、孤児院での貧しい暮らしに比べれば、だいぶマシではあります。

 私はそう感じました。

 ですが、それなりに普通の生活をしていた人は、聖女としてのその暮らしを恵まれたものだとは思わないでしょうね。

 比較すべき生き方が違えば、良し悪しの判断もまた違うのです。


 私がいなくなれば民が危機にさらされる。

 そんな脅しめいたことを定期的に言われたのも、聖女を続けていた理由のひとつです。

 続けていたというより、辞めなかったというべきですね。

 それも恩知らずな民衆や根性の曲がった神殿の連中、そして馬鹿王子と馬鹿令嬢によって限界を迎えましたが。


「ここにいたのね」


 葉っぱの影ではなく、女性の影が、私にかかりました。


「サロメ」


 私のそばに立つのは、角を生やした、超がつくほどの美女。

 魔神サロメです。

 その肩には邪悪なじゃがいもこと、謎生物バーゲンが腰を下ろし……腰? 腰どこ? どこなの……?

 …………とにかく、サロメの左肩にのっかっていました。


「また、解呪の依頼ですか?」


「いいえ」


「違うんですね。じゃあ、もしかして、あなたもここでゆっくりしたいとか? なら隣が空いていますよ」


「遠慮するわ。光の下は落ち着かないの。伝えたい事があるから来ただけ。後からでもよかったけど、つい気が向いて来たのよ」


「どのような話でしょう」


「ほら、あの王女いたでしょ。この国の。ユーなんたら」


「ユーロペラ」


「そう、そのユーロペラ王女の護衛の子が、さっき来てね」


 あら。

 リマさん来たんですね。別に自分で来なくても誰か人をよこせば……ああ、内緒の話だったのかもしれませんね。


 また厄介事かしら。

 いや、それとも粉々になったオリハルコンの加工でも頼みに来たとか?


「とうとうあなたの祖国が、横倒しになったみたいよ」


「えっ」


 これには驚きました。

 びっくりして反射的に上半身が起き上がりましたよ。軽やかに。


 きっと、早馬か伝書鳩、通話の魔法等でこの国に伝わった、最新情報に間違いありません。

 まだ世間には知られていないでしょう。知れ渡るのも時間の問題だと思いますが……。


 ユーロペラ王女は、これまでの私の言動から、私の素性をほぼ把握していますからね。

 なので、祖国の崩壊を、リマさんを介して私に教えてくれたのでしょう。人のいい方です。


「ついにですか。お気の毒なことですね」


「言葉の割には、嬉しげだが」


「クリスちゃんには、これまで積もり積もったものがあるからねぇ。お喋りとは裏腹にニヤケちゃうのも無理ないのよ、バーゲンちゃん」


「そうですかそうですか。とうとう倒れましたか」


 ……王族はどうなったのでしょうね。神殿の偉そうな神官の方々も。


「ま、今となっては夢のまた夢です」


 聖女として国を守ってきたのも昔の話。

 今の私はここにいます。

 ただの呪い師の真似事をしている、暗黒騎士クレアとして、このコロッセイアの地にいます。聖女はもうやりません。


 再び樹木にもたれかかり、朗報を胸に、瞳を閉じ、うたた寝することにしました。


 コロッセイアの夏は、いよいよ本番です。

ということで、第二章はここまで。

そう遠くないうちに第三章開始します。

「面白かった!」「第三章にも期待!」という方はブクマや星で応援よろしくお願いします。

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