91・最上位の守り
『不落不抜』
数ある神聖魔法の中でも最上位ランクにあたる魔法のひとつであり、個人への防御魔法としては最高のものです。
このランクの魔法を使えるということは、言うまでもなく、神官や僧侶、治療師などの頂点にいるのと同義になります。だから使えるわけで。
なお、この場合の頂点とは実力であって権力ではありません。最上位魔法が使えるだけでは偉くなれないのです。
それでも、引く手あまたとなるのは確実ですし、そこからのし上がるのも不可能ではありません。
強力な神聖魔法が使えるということは、それだけ神に愛されている──そう結論付ける者は少なくないですからね。となれば人々からの畏敬を集めるのもまた自明。その畏敬をどう扱うかは本人次第です。
と、ここで問題です。
そんな一握りの者しか使えない大魔法を、大勢の前で使ったら、果たしてどうなるでしょうか?
答えは至極簡単です。
そう、「私が世界屈指の神聖魔法の使い手です」と、世間に知らしめることになるのです。大騒ぎ待ったなし。
いくらコロッセイアの人々がおおらかで粗雑で細かいことを気にしない気風でも、私のやらかしを、
「なんかすげえ魔法だったな! お祭り騒ぎに相応しかったぜ!」
「だな! いいもん見れたぜ!」
「よっしゃ、もっと盛り上がろうぜー! 乾杯だ乾杯! ワーッハッハッハ!」
そんな風に流すほど頭がホンワカしてるとは思えません。
ここからどれだけ暗黒騎士として振る舞おうと挽回するのは無理でしょう。悪魔でも呼び出すくらいやらないと。
…………魔神なら仲間内にいるので、彼女に一肌脱いでもらえば、大逆転も可能かも。
しかし問題があります。
その場合、村から追い出されてスローライフが終わりかねません。魔神を操る邪悪な存在がご近所さんなのは恐ろしくて仕方ないでしょうからね。逆に恐怖で支配するのもアリかもしれないですが……それをスローライフと呼べるかどうか。
まあ……私がのんびり暮らせれば、他の村人が不安にさいなまれようと別に……。
「なんだ、急にキラキラ眩しくなりやがったな。金の妖精にでも取り憑かれたか?」
「いえ、取り憑いたのは死神ですよ。あなたを地獄に引きずり込む、その手助けがしたくなったのでしょうね」
「ハハハ、笑わせやがる! 生憎お断りだ。俺はまだまだやるべきことややりたいことがあるんでよ、死んでる場合じゃねえのさ。地獄なら──お前が代わりに行くんだな!」
ほとんど怪物と化したロスさんは、これが冥土の土産だとばかりに、螺旋光を帯びた義手を叩きつけてきました。
「お、おい、どうして──」
「お構い無く」
全くかわす素振りをみせない棒立ちの私に、ゲドックさんが困惑したのでしょう。
「どうして避けないんだ」とでも言いたかったのでしょうが、その言葉は、私のお断りとロスさんの鉄拳でキャンセルされました。
「飛び散りやがれ!」
ガシイイイイッ!!
「あ、ああ?」
とぼけたような声。
想像していたものとはかけ離れた光景だったのでしょう。
私は無事でした。
死んでもいなければ飛び散ってもいません。
潰されも吹き飛びもよろめきもせず、折れも砕けも曲がりも凹みもせず、けたたましい激突音をさせながら彼の鉄拳をキャッチしました。
「な、なんでぇ?」
「……なぜ、こんなに易々と受け止められたか、ですか?」
頭がうまく働いていないのでしょう。ロスさんは先程までの狂暴さが吹き飛んだかのように、幼子のように頭をコクコク振って頷きました。
「理由は簡単。あなたの神の奇跡より、私の奇跡の方が上だからです」
「ば、馬鹿な。何をそんな戯けたことを。どうしてそうなる」
「事実です」
キッパリ告げました。
「現にこうして防いでいるでしょう?」
──ピシリ
鋼の義手から、何気なく小枝をへし折った時のような、か弱い音が聞こえました。
どうも、防ぐだけでは済まなかったようですね。
バキィインッ!
「げえええぇっ!?」
盛大に、ロスさんの鉄腕が炸裂しました。
「あら、言った通り飛び散りましたね。有言実行ですか。いい心がけですね、クフフッ」
「嘘だろ!? どうしてこっちが砕ける!?」
そっちの奇跡のほうが脆かったからでしょうね。言ったところで聞く耳持ちそうにないから言いませんが。
「俺の、俺の凄い腕、破壊の腕が駄目になりやがった! こんな太いだけの女がどうやって!? ふっ、ふふっ、ふざけんな、逆だろうがあああああああ!!」
だいぶパニクってるご様子です。
それはそうとまた私の肉付きについてケチをつけましたね。一度ならず二度までも。もう許さねえ。
「現実を受け入れられずに吼えるのも結構ですけど、そんな暇……あるんですか?」
「ないな」
鷲頭の人影が、怒りと困惑で叫び散らかすオーガもどきへ駆け出し、数メートルくらいで急停止しました。
全身の力を込めたあの一撃をお見舞いする気なのでしょう。
「ふざけんなコラァ! その程度なんぞどうにでも!」
止まってから再び動く、その溜めの間は、ロスさんが立ち直ってスキルを使うには充分すぎる時間でした。
幾度となく見た巨大な残像の刃が、突っ込むゲドックさんへ真正面から殺到します。
え、どうするんですかゲドックさん。
死にますよこれ全部受けたら!
防壁でもかけてあげたいですが今のこの状態では無理です! もしかしてサヨナラ!? ここにきて判断ミスで死ぬのあなた!?
「集ッ!」
よくわからない理由で変な被り物していた戦士、これで一巻の終わりか。
などと諦めていた私が見たものは、なんと、気合いの声を張り上げ突貫したゲドックさんの槍に集う──残像の槍たち!
もはやゲドックさんそのものが一本の槍と化し、迎え撃つ大剣の幻影を呆気なく蹴散らしていきます。
そのままロスさんの腹部へと──!
「ごばぁあああっ!?」
ロスさんは血反吐を吐きながらのけ反り、両膝をつきました。
これはもう取り返しのつかない大ダメージです。
しかしゲドックさんも無理をしたのでしょう。片膝ついて呼吸を荒くしています。
私もこうしている間はずっと魔力体力削りますからしんどいです。だから使いたくなかったんですよコレ。
あー、久々に疲れました。
──と、過去形で語るにはまだ早いでしょうが、しかし、実質ほぼ終わったようなものです。
ロスさんにしても、ここで降伏勧告したら案外受け入れそうな気もします。
ですがそうなれば、この人は間違いなく後顧の憂いとなるでしょう。私やゲドックさん、さらにはユーロペラ王女、もしかしたらリューヤまで恨みリストに入れる可能性があります。
だから見逃すことも許すこともできません。
「あなたは危険です。ここで助けても必ず逆恨みするでしょう」
私は、ロスさんへと、近づきます。
「なので、ここで始末します。人間に化けて大会に参加した魔物が、追い詰められて正体を表したが、出場者に退治された──悪くない筋書きでしょう?」
さらに近づきます。
「ふ、ふざけるな。俺は超人だ。超人なんだ」
互いの攻撃が当たる間合いに入りました。
ロスさんの顔からは血の気が引き、絶望と怯えが見えています。
死相というやつです。
「……ごちゃごちゃ抜かすだけの、クソ親父も殺した。あ、あの凡人兄貴もいずれ、殺して……ハァハァ……だ、誰もが羨む武術家になる。いや、なった……超人になったのさ」
「なってませんよ。借り物の力で調子に乗って、はしゃいでいただけです」
「う、うるせえ……………………うるせえうるせえうるせえ!! 俺は──なったんだよおおおぉ!!」
膝立ちの体勢のまま左腕を振りかぶり、剣や残像を叩きつけるつもりでしょうが、遅すぎました。
それより早く、私の拳が胴体に命中し──
「ば」
たった一文字の断末魔を残し、ロスさんの上半身は肉片すら残らず、霧散しました。




