90・鬼人退治
『一対一のトーナメントが急ごしらえのタッグによる魔物退治へと早変わりした』
観客席の皆々様方にはそう見えてるでしょうし、運営の方々もそういう事で辻褄を合わせるのではないでしょうか。それが一番波風立たない結末だと思います。
つまりロスさんはここで化け物として退治される運命になりました。
運良く私とゲドックさんに勝てたとしても、舞台下にいるリューヤやユーロペラ王女、他の出場者達に囲まれて叩かれる未来しかありません。
ロスさん本人はそんな絶望的な現状など理解していないのか、やけに高揚して高笑いしています。オーガみたいになった副作用でしょうか。
鬼人化と言っていましたね。
もしかしたら、あのダスティア様も私に倒されなければ、いずれはこのようにムキムキになって角生やしていたのかもしれませんね。なったところで、お馬鹿ですから大した驚異にならなかったでしょうけど……。
「フッハハハァ! どうだこの姿、この力強さ! 見違えたろう!? 神の恩恵とは素晴らしいものだなぁ!」
「素晴らしいとは思いますが、あなたには宝の持ち腐れでしょうね」
「ハハ、言ってくれる。のこのこ出てきたからには腕に多少覚えはあるんだろうが、そのたるんだ身体で助太刀出来るのか?」
「豊満と言ってくれません?」
たるんでなんかないもん。
お腹だってほんのちょっぴりしかお肉ついてないし、激しく動いても息切れしないし、だから太ってないんだから。そう見えるだけなんだから。錯覚だから。
どうして男の人って私にそんな言い方するのでしょうね。
「──話はそのくらいにしたらどうだ」
「大丈夫ですか?」
「心配いらんよ。今回が初でもない。前にも、似たような目に合ったことがあるからな」
ゲドックさんの足取りには、怪しいものがもう無くなりました。ほぼ完全にふらふらから立ち直ったようです。
さほど強烈な毒物ではなかったのでしょう。
なぜ命にかかわる毒にしなかったのか。
理由は、なんとなくわかります。
己の力と技量を最大の武器と信じている者が、あっさり死に至らしめるような毒を使うはずもないですからね。熊や虎が毒を持たないのと同じです。ちょっと違う気もしますが。
まあ、これが魔物だと、また違うのですがね。
大きく頑強な体を持つ力自慢の魔物が猛毒を有していることもそう珍しくありません。毒ならまだいいです。中には強いくせに呪いまでかけてくるものもいますから。
「あのまま毒にやられたところを滅多打ちにされていればよかったのによぉ。こうなったら加減もできねえ。助太刀してもらったのが仇となったな! グハッ、グハハハ!」
何が面白いのかわかりませんが頻繁に笑っています。
「構わんさ。お前が何をやろうとどんな姿になろうと、打ちのめすだけだ」
「お二人で盛り上がってるところに水を差すようで心苦しいですが、私も戦いますからね?」
「フッ、好きにしろ。その代わり死んでも知らんぞ?」
「そういうこった。ボロクズになっても恨みっこなしだぜ角兜の姉ちゃん?」
「あら、そうなるのはどちらかしらね?」
もはや言葉は不要。
さっきまでとは別の盛り上がりをみせる観客も、リューヤ達も、司会や係員も、こちらに干渉することはありません。
三人だけの世界です。
──こうして、激闘が始まりました。
「おらぁ!」
「ふんっ!」
螺旋の光を宿す義手と、円盾の魔法をかけた棒のぶつかり合い。
雷が落ちたかのような衝撃音が鳴り、光と防御魔法が相殺されて消し飛びます。
「固いな! なんて固さだ!」
「そちらこそ、大した威力ですね!」
明らかにダスティア嬢の一撃より威力が上です。五枚張った円盾が一枚だけ残り、あとは壊されました。新記録です。
ですが、彼の速さはそこまででもありません。
鬼人化とやらで速度も一応は上がっているのでしょうが、体格が大きくなったために重さが増したせいでトントンです。
おかげで助かりました。これで速さも格段に向上されてたら厳しすぎます。
「喰らえぃ!!」
「うおっとぉ! ハハ、そうはいくか!」
ゲドックさんが矢継ぎ早に繰り出す残像の数々。それをロスさんが残らず迎撃していきます。
義手や衣服、切れ味の失われた剣と同様に、スキルで現出している残像の刃もサイズが大きくなり、一つ一つが両手持ちのグレートソードくらいの分厚さです。
大きさだけではありません。破壊力もまた増大しており、ゲドックさんの残像を相殺するどころか一方的に打ち破っています。
それでも押し切られずに五分の攻防ができるのは、技量の差というものなのでしょうね。
上手くいなすなり見切るなりして、最少の動きでゲドックさんは飛来する残像をあしらっています。
「威力だけではない、反応も速くなっているな! それも化け物と化した利点か!」
「化け物だと? 違うね、鬼人化だと言ってるだろうが! 今の俺はなぁ、人の域を越えた人──超人なんだよ!」
「たわ言を!」
「真実なんだよマヌケ! だがテメーの鳥頭じゃ理解したくても理解できないか! グハハハハッ!」
話はそれくらいにしとけとか言ってる割にはロスさんとくっちゃべってますね。自分で言っといてもう忘れたのかしら。
本当に鳥頭なのかもしれません。
とか思ってたらこっちにも残像の剣が。
「遮りなさい」
『防壁』を前方に作り出し、一つ残らず防ぎ切ります。
ただ飛んでくるだけなので防ぐことは容易いのですが、連発してくるせいであまり積極的に動けませんね。大きさと威力だけでなく連続使用まで可能だとは。
「……この威力、全て受けきると消耗も激しいですね」
滅多なことで壊れない守りの障壁にヒビがいくつも生じています。
絶え間なく撃ち込まれたら不味いと思いましたが、いくら神の加護なり祝福なりがあろうと休みは必要らしく、少しの間ですが残像の群れが止んだりします。なので、その合間を逃さず反撃に移りましょう。
「ちゃあ!」
「ハッ、舐めるんじゃねえよ! そんな雑な単発が当たるか!」
「でしょうね。わかってましたが、やはりそうですか……チッ!」
合間を縫ってノック──円盾を打って飛ばす手法です──をやってはみるものの、警戒されてるので命中にはいたりません。わかってます。
ハエたたきではなく竜叩きなら大打撃を与えることもできるでしょうが、バランス崩してふらついた状態でロスさんを叩けるかと言われたら──駄目ですね。当たるビジョンが見えません。
ならそんな状態でノックやって飛ばしてもなおさら当たらないでしょうね。最悪、よそに飛んでいって被害者を出しかねません。
こんなことなら、もっと武術の腕や筋力脚力を磨いておくべきでした。
接近戦はリューヤにお任せしていた弊害がここにきてもろに出ています。
自分で言うのもなんですが、私もそれなりに実力あるし練気も使えるんですけどね。聖女としては充分すぎるほどに。どつき合いなんて聖女がやるものじゃありませんし、これでも過分な強さなんです。
だけど、このレベルの戦いだとそれくらいでは追いつかないのが困りものですね、全く。
「仕方ありませんね」
目立つのは嫌ですが、こちらも奥の手です。酷く疲れるけどやむを得ません。
ロスさん。
『聖女』のなんたるかを、しかと思いしるがいいでしょう。
「……我が身は朽ちず、衰えず、壊れず死なず、ただ在るのみ……無敵無類の城となれ──『不落不抜』」




