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9・復讐者の現状

「こちらの質問にできる限り正確に、全て答えてくれよ。いいな? ほら、返事は?」


「あ、あい」


「それでいい」


 涎の糸を半笑い気味の口から垂らし、殺し屋のおじさんがたどたどしくルーハに返事をしました。

 瞳は焦点も定まることなく、どろりと濁っています。

 足の痛みが辛すぎて朦朧(もうろう)となってるのではありません。薬物で正気と判断力を失わされているのです。


「素直に吐けばよかったのに、()()()を使うからこんな目に合うんだよ」


 浅知恵とは何の事かと言いますと、一方的すぎる交渉の途中でこの殺し屋さんが反撃に出た一件です。

 正気に戻った狼たちを私とルーハの背後に忍び寄らせ、隙をうかがってから一斉攻撃させたのです。目配せで指示したのでしょうね。

 この果敢なチャレンジの結末がどうなったかは言うまでもありません。


 見事な失敗に終わりました。


 実は殺し屋さんに気付かれないよう、我々三人をこっそり結界魔法で囲っていたのです。

 解除する術などあるはずもない狼たちはこちらに干渉できず、殺し屋さんもこの半円形の領域から逃げ出すことはかないません。

 おかしくなってるだけで怪我も消耗もしてない獣が側にたくさんいるのに、何の策も打たないはずがないでしょうにね。窮地から脱しようとつい目先の逆転劇に飛びついたのがこの人の運のつきでした。


「素直になってくれて何よりだ」


「う、うん。俺、素直に、なります、へへ、うへへ……」


 こうして和やかな聞き取りが始まりました。



「……なるほどね。無能な根性なしの第三王子は、かなり切羽詰まっているようだな」


 「素直に飲まないなら喉を切って流し込むぞ」と脅されて泣く泣く違法薬物の混ぜ物を飲み、従順な人形と化した殺し屋さんの話から、あちらの状況がかなり掴めてきました。


 フールトン王子とダスティア様のお二人は部屋に閉じ込められた翌日の朝にやっと解放されたものの、王子の方はだいぶ精神的に参っていたとか。

 飲み食いできないことより自分たちの汚物と同じ部屋で一晩過ごしたのが効いたのかもしれませんね。


 それに加え、聖女(わたし)の追放を独断で行った結果の責をめちゃくちゃ問われ、王位の継承権すら失いかけているフールトン王子は哀れなほど意気消沈して寝室から一歩も出なくなっているみたいです。セルフ封印でしょうか。


 一方でダスティア様はというと、父である伯爵が財力も親バカ度合いも桁外れだったせいでおとがめはほぼ無し。新たな聖女としての座にも賄賂をばらまいて強引につきました。金の力ってすげー。

 けれど悲しいかな、聖女としての力があまりにも足りず、神殿側から遠回しにボロクソ言われて大荒れのご様子。

 ひん曲がって戻らなくなった右腕をひた隠しにしながら、王国を守る結界を張るのに四苦八苦してるようです。こればかりはお父上様とお金様に頼んでもどうにもなりませんか。



 ──それもこれも、あの女が悪い。

 あの聖女気取りの赤毛ブスのせいで、自分の麗しい右腕がおぞましいゴミにされた。

 こんな姿では社交界にも恥ずかしくて出られない。

 憎い。

 愛するフールトン様が心をへし折られて再起不能にされた。

 呪ってやる。

 全ての元凶である、クリスティラという名のメスブタ。

 あのメスブタが今ものうのうと生きているのは耐えられない苦痛だ。

 許さない。

 あの身の程知らずのウジ虫の首をすぐに持ってきなさい、金に糸目はつけないから……!



 ダスティア様が殺し屋さんを秘密裏に呼びつけて語った依頼内容から、無駄な部分や回りくどさや美しい比喩などを排除したら、だいたいこんな感じだそうです。どの口でぬかしてるんだか。


「他にも追っ手はいるのか?」


「は、はひ、いまふ。そいつらは、あ、あっちに行きました。あっちでふ」


「あっちじゃわからん」


「ポ、ポセイダム、れす」


「ああ、確かに逃げやすさを優先するなら、あちらのほうを選ぶべきではありますね」


 エターニアのずっと西、つまり大陸の西の果てにある、海に面した王国。

 それこそがポセイダムです。

 二国間の関係は良好で、人や物の行き来も頻繁に行われています。街道の整備も定期的にされており、途中に点在する町なども、エターニア・コロッセイア間の倍近くあるほど。

 なのでエターニアの者なら、揉め事さえ起こさなければわりとすんなり入国できるでしょう。そこから船を使えば追っ手が足取りを掴むのはもう不可能ですね。


「なんでこっちにしたんだ?」


「エターニアから私の捕縛と引き渡しの要求がきても、コロッセイアなら知らん顔すると思ったからですね。これがポセイダムではそうはいかないでしょう。快く私を簀巻きにして送り届けようとするのでは?」


「お、狼どもの鼻に、頼ったんら。よく利く、鼻です、便利なんれす。そんれ、ここまで来たのや」


「今のはクレアに聞いたんだが……まあいいや」


「つまり、ワンちゃん引き連れてコロッセイア方面に舵を取ったのは、あなただけなのね?」


「か、舵は、取ってまへん。船ちがう。歩いて、まひた」


 そういう意味じゃないんですよ。


「あなただけなのね? こっちに探しに来たのはあなた一人だけなのね?」


「そうでふ……」


「顔が怖いぞ。こんな夢見心地な相手にムキになるなよ」


「なってません」


「スネるなよ」


「うるさい」


 年下のくせにすぐ(たしな)めようとしないでほしいですね、もう。


「ま、まあわかった、俺の勘違いだったよ。それでいいか?」


「わかればよろしいのです」


 今日のルーハ少年は聞きわけが良かったですね。普段もずっとそうならいいのですが。

 いつも頼りになるし何かと便利なのに生意気なのが玉にキズです。

 完璧なものなどこの世にはない、そういうことなのですね。……エターニア王国の守護結界でさえそうなのですから……。


「……それでお前、他の奴らの素性とかスキルとか知ってるか? 知ってんなら教えてくれよ」


「知ってんの、いる。あ、あいつとか、あの女とか」


「それを具体的に話せって言ってんだよ」


「あらあらぁ? 顔が怖いですよ」


「ニヤニヤしながらよりかかるな。潰れる」



 私は無言でローキックを当てました。

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