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ごめんなさいね、もう聖女やってられないんですよ   作者: まんぼうしおから
第二章・遠ざかるスローライフ

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87・かくして残像は熱狂に舞う

「いよいよですね」


 嬉々として観客の期待と興奮を煽る、司会役の男性。

 この大舞台の司会という大役を任されたというのに、緊張した様子はありません。それどころか生き生きとしています。

 おそらく熟練者なのでしょう。

 コロッセイアには各地に闘技場が大小点在しているそうです。

 この男性は、それらの闘技場で大会運営の経験を積んできた、いわば叩き上げの司会者なのかもしれませんね。もしくは並外れたお調子者か。


『さあ、前置きはこのくらいにして、お待ちかねのトーナメント第一試合を開始しましょう! 槍使いゲドック選手、無双剣のロス選手、闘技場中央へどうぞ!』


 鷲の頭の男性と、鉄の右腕の男性が残り、中央で見合います。

 我々残りの選手は、係員に誘導されて闘技場から下りました。

 舞台には、彼ら二人のみ。


 先端が丸くなっている訓練用の槍を構えるゲドックさん。


 予選同様、刃が潰れて鈍器としての使い道しかない剣を構えるロスさん。


 どちらも一流の闘志を放ち、隙の無い構えです。

 ロスさんは、お兄さんとやり合った時より腕を上げたみたいですね。気配が違います。

 あの右腕に頼るだけの腑抜けではない、そういう事なのでしょう。

 借り物と飲み物の力に頼りっぱなしだったダスティア嬢。経験の差を利用して彼女を手玉に取れましたが、今のロスさんに同じことやれるかと言われたら無理そう。

 鷲頭氏には是非とも頑張ってもらい、ロスさんの手の内をできる限り晒させてほしいものです。



『はじめっ!!』



 さあ、第一試合の始まりです。

 ゲドックさん、なるべく長く試合を伸ばして下さいね。フフ、あなたが食い下がれば食い下がるほど私が有利になりますので。


「……始まったな」


「そうですね。もう後には退けません」


 隣から男性の声。

 音もなく、リューヤがそばに来ていました。

 普通なら驚いて反射的に距離を取るのでしょうが、もう慣れたものなのでびっくりもしません。

 影のように気がつけばそばにいる。リューヤあるあるです。


「動きませんね」


「いきなり攻めに回らない。お互いわかってんだろ。先手取れば勝てる程度の相手じゃないとな」


「彼もあれから頑張って腕を磨いたんですね。てっきり、敗北に押し潰されて再起ならず、そのまま腐るものかと思いましたが」


「一本しかないから楽に磨けたんだろ」


 えぐい冗談ですね。


「ですが、このままお見合いを続けるわけにもいきませんよね。日が暮れますよ」


「実戦ならそれもありだが、これは試合だからな。しかも客もいる。満員御礼だ。お祭り騒ぎで勝ちを優先したしょっぱい戦術なんてやろうものなら、歓声がブーイングに早変わりだぜ」


 国中どころか他国からも来てるみたいですからね。


「戦意がないと見なされれば、審判から何かしらのペナルティが与えられるはずだ。最悪、失格すらあり得るんじゃないか?」


「あら、それはいいですね」


 ならばあの二人にはずっと動かないでいてもらいたいものです。

 ……なんて気楽に見物していると。


 ゆっくりと、ロスさんが前に出ました。


「誘いだね」


 穴の空いたバンダナかスカーフみたいなものを目のところに巻いた、必要最低限以下の変装をしたユーロペラ王女がそばに来て、そう言いました。

 リューヤのときと違い、彼女が来たのはすぐにわかりました。

 別に王女様が未熟だとかガサツだとか(まあガサツなのはそうですが)言ってるわけではありません。それが普通なのです。まだ若いのに技量が高すぎるリューヤがおかしいのです。

 あの煙じみた動きといい、完璧な気配の消し方といい、彼はどこの誰の元で会得したのでしょう。

 何度聞いても決まって生返事なのがムカつきます。そのくらい教えろバカリューヤ。


「乗りますかね」


 その生返事バカが王女様に聞きました。


「乗るさ。乗らないとまずい。ここで動かないと、確実に観客や審判の不興を買う。あちらにエスコートされるしかないのさ」


「あ」


 王女様が言ったそばから──



「シィッ!」



 瞬時に猛烈な速度で動き、喉を狙った一撃を、ロスさんは右腕の籠手──実際には魔法の義手なのですが──を盾にして防ぎました。


「あれは、危うかったですね」


「だな。あと一歩……いや、二歩進んでいたら防御が間に合わなかったはずだ。やばいな今の」


「……助走もなく、一瞬であの速さを叩き出すとはね。怖い怖い。まさしく猛禽、空から獲物へと急降下する鷲のごとき動きだよ」


 想定を越える一撃の鋭さに、私、リューヤ、ユーロペラ王女の三人が舌を巻きました。

 ……ゲドックさんの実力は、私の想像を上回っているのかもしれません。


 今ゲドックさんがやったのは、スキルや魔法ではありません。

 そう、違うのです。

 全身の筋肉を引き締め一気に解き放つ、反動による突き。

 必殺の一撃と呼んでも過言ではない、修練と実戦によって鍛えぬかれたものです。

 ロスさんが防げたのは、誘いをかけるだけで攻めっ気がなかったせいもありますが、偶然もあるでしょう。ほんの数歩、進まなかったからこそ、助かったのです。


「ただ、間合いは短いかな。致命的なダメージを与えられる距離は、3メートルほどと見たね」


「俺もその意見に同意するよ。いい眼をしているね。流石はコロッセイアの王女様だ」


「王女じゃないぞ。今の私はユーロペラ・サファ・コロッセイアではなく、謎の覆面拳士パロラさ」


 ニイッと野性的に笑い、親指立てて自分の顔を指差しました。


「…………クリスが二人いるような気分だ」


 どういう意味かしら。

 いい意味ではない気がしますので脛でも蹴ってやりましょうか。


「おっ! ぶつかるぞ!」


 罰を与えようかどうしようかと、わずかに目を離していた、その時。

 ユーロペラ様が楽しげに言った通り、槍と剣が、まさに今、激突しようとして──


「!?」


 信じがたい事が起きました。


 ──いや、あり得なくもないのです。

 しかし、それがこの場で偶然ぶつかり合うなど、誰が事前に読めたでしょうか。


「なんだなんだオイ!」

「見たか今の!? 幻覚の魔法か!?」

「スキル同士の激突かよ!? とんでもねえな!」


 観客席からどよめきや困惑の声がいくつも聞こえてきます。


「あの方も──ゲドックさんも、そうだったのですね」


 ロスさんの攻撃に合わせて虚空から現れた、いくつもの刃。

 彼の一族が代々有していたスキル『残像剣』によるものです。

 以前より、本数もキレも増しています。興味深いことに、その刃は、どれも潰れていたように見えました。つまりあのスキルは持ち主の武器に応じた残像が現れる仕組みのようです。

 ですが、切れ味がなくても威力があるのは確かでしょう。いかにゲドックさんの技量でも、槍一本だけでさばける数ではありません。


 もはや万事休すかと思われましたが、それらを迎え撃ったのは──



 ──同じく、何もない空間から姿を見せた、何本もの槍の残像だったのです。

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