86・案ずるより踏むが易し
ふっ切れました。
もともと、悩んで座り込むよりまずダッシュしてから考えるのが私のやり方です。障害物なんか蹴り飛ばせばいいだけのこと。
それが聖女の心意気ってものじゃありませんか。
異議は認めません。
やるぞやるぞ私はやるぞの信条でいきます。邪魔者なんて踏んづけてやるんだから。
心の曇りが晴れた私によるロスさんへの指導は、根性が曲がっていたら叩き直し、殺す気でかかってきたら叩き潰す方針でいきます。打撃は全てを解決します。
それで死んだらそれまでの話。
彼も、自分が命の軽い世界にいる自覚くらい持ち合わせてるでしょう。殺そうとしたら逆に殺されるのもよくあることです。
死ぬことになったら親の教育と自分の生き様が悪かったと思って諦めて下さい。
実際、ろくな父親じゃないですからね。
「お前が兄貴仕留めたら後継者として認めてやる」なんて、実の親どころか義理の親でも言いませんよそんな残酷な発言。もはや武道じゃなくて外道です。
その非情さが受け継がれていくくらいなら、未来の悲劇の芽を摘むためにも、ここで私がやっちゃわないといけないのです。
だからこそ、天もこのような巡り合わせを用意してくれたのでしょう。
聖女として、やるべきことをやれと……そうなんですよね?
地に跪いて久々にマジの祈りを捧げると、何となくですが、『迷わずやっちまえ』という啓示が、蒼く澄んだ天の彼方というか星々が瞬く無辺の暗黒から舞い降りてきた気がしました。昼ですが。
まあ……その、細かいことは気にしないことにしましょう。
いやー、楽しみですね武闘祭。
そして──大会当日。
「張り切っていきますか!」
「どういう結論を出したのか知らんが、やる気らしいな」
「その通りですよリューヤ。私はやるだけやることにしましたの。聖女に迷いなど似合いませんからね。気に入らないものや目障りなものは防御魔法でぶっ壊してぶっ殺すんです」
「防御の意味わかってる?」
「攻撃は最大の防御というらしいじゃないですか。ならば、その逆もまた然り。そうでしょう?」
「おっ、そうだな」
リューヤの瞳から感情の色が消えました。私の話に同意してくれた時によくある反応です。
「わかってもらえて何よりです。それじゃ舞台に行きますか」
すり鉢状の巨大な建物。
観客席にのみ屋根があり、真ん中に設置された武闘台の上は、青空がどこまでも広がっています。
ここが、闘争の国コロッセイアの王都・クラウダイスの象徴──巨大闘技場なのです。
雨とか降ったら台無しになりそうな気もしますけど、そんな事をいちいち気にしないのがこの国の気質なんでしょう。お隣のエターニアみたいに雨の多い国じゃないってのもあると思いますね。あの国は民が聖女への恩義を持たないほど人の心まで湿気ってますから。
さて、大会内容なのですが。
我々当事者連中はとっくに知っていますが、出場者に変更があります。
そう、リューヤが倒してスィラシーシア王女が息の根を止めた暗殺者スカルの代わりに、赤仮面の女性・ネティさんが敗者復活から駆け上がってきたのです。
本人は嬉しそうですが、リューヤに勝てるとでも思ってるのでしょうか。彼の掴み所のない幻覚めいた戦いぶりを予選で見てるはずなんですけどね……。
そんな急な出場者入れ替えがあったものの、闘技場の席を埋め尽くすこの観客たちからしたら、
「知らない勝ち残りがどっか消えて、知らない人物が後釜におさまったらしいぞ。知らんけど」
くらいのぼんやりした感じらしく、別にどうとも思わず気にせず熱く盛り上がっています。ワーワー叫んで凄いですね。
皆さんユーロペラ王女というド本命に注目してるので、他がどうだろうと誰になろうと、さして構わないのでしょう。おおらかというよりそこまでいくと単に雑ですね。
それくらい適当でなければ住みにくい国なのかもしれません。
神経質にはつらいお国柄です。
寛容な私にはぴったりなのですがリューヤはどうでしょうね。彼は割と細かいこと気にするタチですから。
それにしても観客席からの勢いが凄いこと凄いこと。
「こうして闘技場の真ん中にいると、豪雨みたいな歓声が激しくぶつかってきますね」
消音魔法かけた結界に引きこもりたくなるくらいやかましいことこの上ありません。
「それがいいんじゃないの。くふふ」
私のそばに立っていたユーロペラ王女はご機嫌なようです。
「そういうものですか」
「お祭り騒ぎに高揚した民衆の熱と声と視線にさらされると、こう、肌がヒリついて、たまんないのさ。……ま、アンタのその格好じゃわかんないか」
角兜に軽装の冒険者用衣服、それにマントですからね。肌の露出など皆無な完全装備です。
「暑くないのか?」
「大丈夫ですよ。このくらいの熱気など大したことありません。それに、しんどかったら、そよ風の魔法をかければいいだけですから」
「便利だねぇ。私もシアに頼んで簡単な魔法でも教わろうかな。でもなぁ……」
「初歩の魔法なら、習得もそれほど難しくありませんよ」
「そうは言うけどよ、あんたらの言う「難しくない」は私らにとっての「難しい」だったりすんじゃないのか?」
「それはまあ、否定できませんね」
魔法は才能の世界であり、努力の入る余地は狭く限られる。
それが常識であり、事実です。
才能のない者の百歩を才能のある者は一足飛びで越していく、笑ってしまうくらい残酷な世界です。
「だろ? 私には向いてなさそうだもんな」
王女様が苦笑いしました。
確かに不向きそうですね、とは流石に言えませんでした。自発的に言うのはよくても他人に言われたら腹が立つのが短所やしくじりですから。
「でも、やらなければわからないし、始まりませんよ」
「まーな。それはそうだ。……今度、それとなく頼んでみるか。びっくりするだろうなアイツ。青天の霹靂だとか抜かしながらよ」
「ふふ、あの方なら言いそうですね」
「ははっ、そうだろ?」
熱狂の坩堝に相応しくない、朗らかな笑い。
私とユーロペラ王女の周りだけ、朗らかな春の陽気みたいな空気に満ちていました。
『──それでは、これより第四回・仮面武闘祭を開幕いたします!! 五年に一度の最強決定トーナメント! 今回、コロッセイアの武の頂きに登り詰める者は果たして誰なのか! 厳しい予選をくぐり抜けた選ばれし八名の勇姿、とくとご覧下さい!!』




