85・無意味な勝敗
さあ、どうでもいい勝負が始まろうとしています。
どちらが勝利して本戦行きになろうと、リューヤとぶつかった次がほぼユーロペラ王女で確定なので勝ち目などありません。そんな頭数合わせの抜擢でしかないのに、この二人は本気でやり合おうとしているのです。
けど、何の旨味もないわけではないんですよね。
リューヤはやる気ないから適当にやって適当に負ける予定なので、一応、ベスト四の一人にはなれます。
そこそこの名誉にはなるでしょう。
そう考えれば、おいしい話ではあるかもしれません。本戦に返り咲いてそのまま優勝を狙ってるのだとしたら御愁傷様ですが。
「……ハァ、ハアッ…………や、やったわ。私の勝ちよ……!」
「ぐぅっ、く、くそったれが……」
特に盛り上がりもなく、赤仮面の女性・ネティさんが勝ちました。
いや、攻防はそれなりにあったんですよ。途中までどちらが勝つかわかりませんでしたし。
……でも、リューヤとかの戦いをさんざん見てるから……そのね、目が肥えてるといいますか……そういうことです。でも二人ともよく頑張りましたよ。えらい。
そんなことより私の今後です。
最初の試合は……まあ私の負けはないにしても、次がね。
あちらはまだ私の正体に気づいてないはず。ただの暗黒騎士だと思ってるに違いありません。
しかし気づいたら不味いですよね。
私やリューヤがお兄さんと仲良くしてたのを覚えていてもおかしくはないです。逆恨みのとばっちりがこちらに飛んできたら……面倒なことになりますね。
最悪、殺し合いになるかも。
彼の命を奪ってしまえば試合は失格になりますが、そこは致し方なしです。
ダスティア様のような付け焼き刃の強さの持ち主ではない、きちんと修行をこなした者があの力を有しているなら……私もただでは済まないかもしれません。殺さず終わらせるのは、ちょっと厳しいかと。かなり骨が折れそうですね。
あの鷲頭のゲドックさんが弱らせてくれることを期待しましょう。
まあ、過度に期待はしませんがね。そうなればいいな、くらいの心持ちです。
最後に頼れるのは己の力のみなので。
他力本願は勝負勘も根性も損なうので気を付けないといけません。誰かが何とかしてくれるなんてムシのいい話があってたまるものですか。
「お前もさっさと試合を切り上げればいいだけじゃないか? 正体がバレて何の得がある?」
「それはそうですけどね、リューヤ」
観戦も終わり、やることなくなったので、宿に戻る最中。
隣を歩くリューヤに大会のことでそれとなく相談したら、途中で負けとけの一点張りです。
「どうしても優勝したいんじゃないだろ?」
「でも出場した意味ないじゃないですか、それだと。優勝もせず、王女様に貸しも作れずなんて、何のためにエントリーしたのかわかりませんよ」
「貸しはもう俺が作ったろ。お前までやらんでもいいって。無理すんな」
「私、けっこう負けず嫌いなんですよ。成果もないまま舞台から降りるなんて、気に入りませんね」
「なんだそのわけわからん意地の張り方。いいから程々にしとけって」
「むう」
あなたはそう言いますがね、私にも忸怩たるものがあるんですよ。
大人しく引き下がるのも癪にさわるといいますか、せっかく出場したんだから行けるところまでやっちゃえというか元を取りたいというか。
「──ま、どうしてもってんなら、止めないぞ」
しばらく互いに無言で歩いてると、不意にリューヤが方針を切り替えてきました。本当に不意です。
「え、何なの急に。さっきからやめとけやめとけしか言わなかった癖に、いきなりどういう風の吹きまわしなの?」
「ん? ああ、そうだな…………お前をアイツにぶつけたほうがいいのかなと、そう思えてきてな」
「あいつって……あの、ロスって人?」
「うん」
「どうして?」
「アイツが優勝したら、ろくでもない要求を出すんじゃないか? ヌァカタ神とやらの神官にとって有意義なことを望むとか。そうはならないかもしれないが、仮にそうなったら後の災いになるなと思ったんだ」
「私達は何度も揉めてますからね。それは妥当な判断でしょう」
「なにせ一度目の遭遇からして、田舎のさびれた村を乗っ取ろうとしてたからな。まともじゃない」
「あのクソ村ですね」
村の危機を救った我々二人を空き家ごと灰にしようとした、恩知らずの集落。
精霊に愛想を尽かされたのか、逆に自分たちが一人残らず焼かれるという間抜けぶりをさらしていました。ひょっとしたら聖女とオマケを焼こうとした事への天罰だったのかもしれません。もしくは両方か。
何にしても清々しいまでのざまぁです。
「今回の優勝を機に、この国に信仰──いや、侵略の根を張るきっかけを作るつもりだとしたら、誰かが止めるべきだろう? その歯止めがユーロペラ王女様だけというのは心もとない」
「私も止めるべきだと」
「ああ」
「魔物を使役して信者を集めようとしたり、怪しげな義手や飲み薬で馬鹿貴族に取り入ったりする、そんな連中の尖兵を潰せと、そういう事ですね」
「俺がやってもいいが、その場合は王女様を下さないといけないんでな」
リューヤはそちら側ですから、決勝戦でしかぶつかれませんものね。
「まあ、勝たなくても弱らせればいいだけだ。始末するのは後からでもやれる」
後半、剣呑なものが声に混じりました。
「ロザルクさんに恨まれそうですね」
クズムーブしていても、弟は弟。だからこそ命を奪わず腕一本で済ませたのに、私達が殺してしまえば、恨まれて当然でしょう。
でも、やらなきゃならないなら、やるしかないのもまた事実。
生かしておけるかどうかはロスさん本人の身の振り方にかかっています。
私達にとって、そして、この国にとって彼は毒なのか。全てはそこです。
「恨まれるべきはあの二人の親父だろ」
「そうですね」
言われてみればその通りです。変に気に病んで損しましたね。目が覚めました。
ということですからロスさん、覚悟していて下さいね。




