84・秘技・要人暗殺返し
仮面武闘祭、その予選が終わった翌日。
もはや恒例となった今後についての対策会議が、スィラシーシア様の宿泊しているお部屋で今日も行われています。
陽光が嫌いな方が二名ほどいらっしゃるので、夕方どころかまだお昼前にもかかわらず、カーテンは閉められたまま。
そのカーテンの隙間から光がわずかに差し込む薄暗い空間を、天井に浮かぶ三日月がぼんやり照らしています。ナーゼリサさんが魔法で作り出した『孤月』です。
光量は、私の作る光の球と大差ありませんが、こちらのほうが目に優しいですし、ささやかな治癒効果もあるのだとか。一方で、私のほうは目眩ましに使えるし、弱い悪霊なら浄化できたりします。
似た用途の魔法でも、種族が違えば、副次的な効果も異なるのですね。
──灯りについての一考はそのくらいにして、本題に移りましょう。
今回の会議において、自国の王女を暗殺しようとした大臣が他国の王女によって暗殺されるという意味不明な展開になったと聞かされた、私の心境がわかるでしょうか。
しかも相棒がその件に思いっきり一枚噛んでいるときています。
まだ田舎にマイホーム購入してから一年どころか一ヶ月も経過してないのに、不吉な予感が漂い始めました。
またしても、あての無い根なし草に舞い戻ってしまうのでしょうか。権力者をぶちのめさねばならない運命とかマジでいらないんですが。
「なんでこうなるの」
「巡り合わせが悪かったとしか言えん」
その他人事みたいなさらりとした発言にカチンときました。
マイホームを返せ、スローライフを返せと掴みかかる私に対し、リューヤが「泥田坊かお前は」と言いましたが何のことかさっぱりわかんねーよバーカ!
「落ち着けクリス。別の土地でまた一からやり直すことになると決まったわけじゃない。むしろ謀反の芽を事前に摘み取った功労者だぞ。金一封貰えるかも。だから首を絞めるな」
「貰えるとしたら口封じと全責任押し付けを兼ねた毒杯じゃないの?」
「そんなことやらんだろ」
鶏をシメる時のように首をギュッとされかかってるリューヤの視線の先で、ユーロペラ王女が苦笑いしていました。
「あ」
これは不用意でしたね。
口封じする側の人間がそばにいるのについ口を滑らせちゃいました。てへ。
「心配しなくていいから。毒なんか贈らないよ。むしろ私の代わりに悪党退治してくれたんだ。感謝したいくらいだね」
「あら、わたくしには感謝しないの?」
スィラシーシア様が、頬杖つきながら、悩ましげにユーロペラ様を見ています。
「……考えとく」
ばつが悪そうにソファーに背を預けるユーロペラ様と、何だか嬉しそうなスィラシーシア様と、気持ち悪いニマニマ笑いのナーゼリサさんでした。
リマさんは普通にお茶飲んでます。
「さて」
話を再び戻したのはリューヤでした。
「やること済んだし、俺は辞退しようかと思うんだが……異論ある?」
「え~、やめちゃうの~?」
「せっかく勝ち残ったのに~?」
双子の意見ももっともですが、しかし、リューヤの意見も一理あります。
王女様の優勝をわざわざ妨害してまで得たいものなど彼にはないのです。
なら、ここで辞退することで、恩を売るほうがかえって利になると判断するのも悪くありません。大した恩にはならないとは思いますがね。
それより暗殺者を退治したほうがデカいでしょうけど……大臣を消したというのが、後々の火種になりそうで……。
「リューヤ、本当に、その件に関与した証拠を残してないんでしょうね?」
「ないない。あるはずがない。目撃者もいないし、だいたい、暗殺者が返り討ちにあって、その後アンデッド化して逆刺客となったなんて、誰が読めるんだよそんな斜め上の展開」
「現場となったその廃神殿に、痕跡は?」
「暗殺者の作った血溜まりなら、わたくしが消したわ。ワイヤーは、あなたの相棒さんが懐に納めた……ように見えたけど、どこにしまったのかしらね。スキルでも使ったの?」
「ま、そんなとこっす」
それ以上スィラシーシア様が突き詰めることもなく、リューヤのスキルについての話は流されました。
「いやー、国の舵取りに関わる人間を殺すとか、行き着くとこまで行った感はあるね」
我関せずとばかりに、ギルハが楽しげに言いました。コイツ……。
「……安全圏から余裕こいてるようですけど、もし問題になったら、きっちり巻き込んであげますからね」
「えっ、どうして」
「だって仲間じゃないですか、私達。嬉しいことも悲しいことも、罪状も分かち合うのが真の友というものでしょう?」
「罪についてはまた別問題じゃん」
「いやいや、お前だけ逃がしゃしないぜ?」
「リューヤの言う通りですよ。イチ抜けなんて許しませんからね」
「うわぁ……」
一連の流れを見ていたリマさんが、軽く絶句しました。
「見苦しい、ですね」
ナーゼリサさんがそう呟くと、主であるスィラシーシア様が唇に人差し指を当てて、「しっ」と一言だけ言いました。
「友情の再確認も済みましたし、リューヤの辞退うんぬんについて話しましょうか」
多少の話し合いの結果、出たくないのはわかるが、四試合目が無効試合、準決勝第二試合が不戦勝というのも消化不良だという意見が出て、一同頭を悩ませた結果。
『暗殺者スカルの代理を用意し、そいつにわざと負ける』
という事で落ち着きました。
そうして、選ばれたのが──
「ふふ、まさか敗者復活があるとはね。辞退した人に感謝しないと」
本戦出場を決めた赤覆面の男性ことランベルの彼女らしき人物──赤仮面の女性、ネティと。
「よっしゃ、やってやろうじゃねえか!」
熊頭の神官ベルセルクにビビッてたけど、予選敗退したと聞いてやる気出してる男爵家の厄介者──ハゲヒゲおっさんことオゲリッツ・マヌーの二名です。
この二人が、急遽空いた一枠を巡り勝負することになったのです。




