83・死客
こんな夜更けに激しい電撃ビリビリを披露したせいで人を引き寄せてしまい、場所を変えることとなった俺達四人。
四人というか、吸血鬼二名に死人が一体なので、人間は俺しかいないのだが。
でもこの世界だと吸血鬼もエルフもドワーフもリザードマンも獣人も魔族も、単位は一応『人』だったりする。一応と付けたのは、世間的にはそうだけど、やはり、種族間の確執とかあるから……他種族を人扱いしなかったり逆に人を見下したりとかザラなのよこの世界。人の良さげなおっちゃんがケモ耳生やした男女を見て「フン、二匹いやがる」ってナチュラルに言うのとか珍しくもない。
最初はうわって引いたけどすぐ慣れた。
俺が元々いた世界だって似たようなことは腐るほどあったしな。種族が違えば尚更ひどいのは当たり前だ。
でも俺を舐めたら同じ人間種でも許さないよ?
こちとら舐められたら終わりの職業だからね。からかいくらいなら笑って流すが侮辱を許すとエスカレートするからな。
それで痛い目見させられた輩が逆恨みして路地裏とかで待ち伏せしてるのを潰したことも何度かある。多分クリスの奴もやってるはずだ。あの性格でやらないはずがない。
女子供に下らないマウント取りをやろうとする下衆はどこのギルドにもいるからな。そんな性根だから冒険者なんてヤクザな職しか付けないんだよ全く。
……と、何故こんな、この世界の差別意識についてアレコレと物思いにふけってるのかというと。
やる事ないのよ。
スィラシーシア王女が死人から何もかも聞き出してる間、万が一、その死人の仲間が襲ってきても反撃できるように周りの気配を探ってはいるのだが、そんなの大した負担じゃない。
なもんで人権とか冒険者の品性とかをダラダラと暇潰しに思案してるんだな。
(こんな時スマホあれば……)
何回思ったかわからない願望が、退屈に満たされた頭をよぎる。
仮に手元にあったところでネットがないからどうしようもないのだが、事前にダウンロードしといたゲームとか漫画とかを楽しむことならできる。それしかできないともいう。
(でも、充電できないから、大事に使わないといけないだろうな。たまのご褒美感覚でさ)
そうして節約しながら使い続け、電池がゼロ%になり、ただの板と化した時の悲しさとか……心に堪えるものがありそうだ。
「…………これだけ聞き出せば、もうよいでしょう」
お、やっとか。
あまり深入りしたくないので関わらずにいたが、終わったんならもういいだろ。
聞いてもいい範囲で聞いておこう。
「どうなりました?」
「黒幕はここの大臣よ」
いきなり聞いたらまずいレベルの話が飛び込んできたぞ。これはいけませんね。
……しかし聞いたものは仕方ない。覆水盆に返らずだ。続きを聞こう。
「理由は?」
「この国を意のままにしようとしたらしいわ」
わあ。すげえ大事。
それもうクーデターに近いだろ。
「……一人娘であるユーラが死ねば、後継問題で確実に王宮は荒れる。誰を次期王位に据えるかでね」
「そこで、誰か適当な御輿として担ぎ上げると」
「ミコシ?」
「あ、いや、だから……王位継承できることはできる立場の人物を傀儡にして、自分が実権を握ろうとしたってことでしょ」
「そうね。そこまで読めるなんて、あなたは賢いわね。大臣は公爵家と懇意にしてるそうだから、傀儡にする者はそこから輩出するんじゃないかしら」
「なら公爵家も怪しいかな」
「どうかしらね。公爵家と王家の関係は良好らしいもの。ユーラがそんなことを言っていた憶えがあるわ。大臣としても、そんな提案を出して、もし公爵家から突っぱねられたら終わりでしょうからね」
「危ない橋を渡る必要もないと。でも、だとしたらその大臣もよくそんな無茶をやろうとしたもんですね」
「汚職が明らかになりかけて立場が危うくなったのもあるけど、お隣が傾きそうなのも大きな理由らしいわ。大臣はかなりの反エターニア派らしくて、これを機に実権を握り、弱ったエターニアに侵攻しようと目論んでる──そんなところね」
この国は陰謀まで荒っぽいな。それがコロッセイアという国のお国柄か。
「大会で上手くユーラを仕留めたら、後は大臣の息のかかった兵士たちが、牢獄へと連行すると見せかけてどこかに匿う流れになっていたそうよ」
「はあ。普通はそのまま人のいないところで口封じ……ってなりそうなもんだけど」
生かしておく理由ないからね。
もし何もかも喋られたらヤバい──いや、物的証拠なんかないだろうし、立場を最大限利用して、無罪を勝ち取れるか。
「子飼いの暗殺者らしいから、失うのは惜しいのでしょうね。大臣としては今後もその手の仕事をさせたいんじゃないかしら」
「まあ、信用できる汚れ役って滅多にいないからね。惜しい気持ちはわかりますよ。……で、全て聞き終わって、これからどうするんですか?」
「そうね、この暗殺者から聞き出した内容は全てユーラに伝えるとして……後は……………………そうね、いいこと閃いたわ」
スィラシーシア様が微笑んだ。
何か悪戯を思い付いた少女の笑顔のように、青銅色の飛び抜けた美貌が、とても可愛らしく見えた。
「……上手くいきますかね、あれ」
闇に消えた暗殺者の姿は、既に見えなくなっている。
「わたくしは完遂できると思うわ。邪魔も入りそうにないし。しくじってもそれはそれよ」
スィラシーシア様の閃き。
それは、暗殺者スカル(死人)に、大臣のところに戻ってそのまま大臣を始末しろと命令することだった。
今回の件が明るみになろうと失脚や投獄はまず不可能だし、といって放置しておけば、喉元過ぎた後にまた謀をやりかねない。
始末できるならすべき。
この姫様はそう判断を下したのだ。
この逆暗殺は、成功しても失敗に終わっても即座に魔力を解除して、暗殺者にはただの死体に戻ってもらう手筈となっている。
その時、武器を自分の心臓に刺し、自殺に見せかけることも忘れずに行われねばならない。
死人を操る者がユーロペラ王女の仲間にいる、という情報を与えたくないからだそうだ。彼女に悪いイメージがつきかねないからだと。
友人想いだな。
それを聞いたナーゼリサさんは「はうう、尊い……」とか口走り、スィラシーシア様はどこか照れた様子で「余計なことを言いましたね」と、口を滑らせた事を悔いていた。
なお暗殺についてはコウモリ使い魔に逐一観察させているので、成功したかどうか、どのタイミングで解除すべきかはすぐわかる。
結論から言うと、小一時間くらい経過した後。
成功した。




