78・不穏な対戦カード
番狂わせが起きはしましたが、後は順当に八人の出場者が決まりました。
魔神の角兜の、私ことクレア。
黒覆面と赤マフラーの、ルーハ。
エロ兎仮面の、シファーレさん。
赤覆面の、男性(名前聞いてません)。
覆面……というより目の部分に穴の空いた布を巻いてるだけの、正体隠す気ゼロなユーロペラ王女。
不気味鷲頭覆面の、ゲドックさん。
フードを深く被り口元を布で隠した、ロザルクの弟さん(確かロスという名前だったはずです)。
そして最後の一人。
「あれがそうよ」
予選広場から移動して、ここは、闘技場そばにある控え室用の建物。
八人しかいないのに無駄に広いです。
もしかして、昔はもっと本戦出場者が多かったのでしょうか。
王女がアゴをクイッと動かして、控え室の壁に背中を預けて立っている人物を差しました。王族のやる仕草とはとても思えませんが、この方はこういう方だとわかってますから驚くには至りません。
「あの男性ですね」
髑髏めいた仮面をつけた人物。
素顔が見えないから正確に年齢を測るのはちょっと無理ですが、なんとなく三十代くらいに思えます。髪に白いものが全くないので四十代ではないでしょう。
それはまあいいのですが……なんでしょうね。
不吉な気配がします。
「……ありゃ、真っ当な輩じゃないな」
ユーロペラ様が不快そうに唇を歪めました。
唾でも床に吐くかと思いましたがそこまで野蛮ではないみたいですね。
「あれ、珍しいですね。いつもならペッしてますのに。こう、ペッと」
「余計なこと言うんじゃねえよ」
王女様が右手を伸ばしリマさんの頭をガシッと掴みました。
そのままギリギリと力を込めていきます。これは厳しい。
「いたっ痛たたっ! すいませんすいません申し訳ありませんですぅっ!」
必死に失言を詫びるしかリマさんにできることはありません。
頭蓋にヒビが入る前に許されるといいですね。
「あなたはどう見ます?」
「……そうだな、確かに王女様の言う通りだ。気配も立ち方も、殺しを生業にしてる人間のそれだよ。死臭が漂ってる」
その手の感知に敏感なルーハがそう言うのなら、それが正しいのでしょう。
私でもわかるくらいの嫌な視線が、仮面越しに伝わりますからね。
人殺しがごく当たり前になってる人間ならではの、暗く淀んだ視線です。
そういう人物を何度か目にしたことはありますが、ここまでのは初です。ああはなりたくありませんね。私達もほどほどにしましょう。
人を殺す行為に理由を求めなくなったら終わりですから。
「……係員に聞いたが、あれとやり合った奴らは、どいつも、骨を折られたり内臓に手酷いダメージを受けたりしたらしいぞ。あのオゲリッツとかいった貴族も犠牲者になったらしい」
あらら、それは御愁傷様なこと。
熊頭とぶつからないように立ち回ってて死神にぶつかってたら世話ないですね、うふふ。
「よく死人が出なかったものね。偶然かしら」
「たまたま……ではないな。加減はしたってことだろ。もしくは、死なない程度に苦しめて楽しんだか。いずれにしてもタチが悪い」
「あまり当たりたくないですね」
「お前と当たるよりはマシだと思うがねってやめろやめろ」
カチンときて、つい手に『円盾』を発生させてしまいました。
なんか最近怒りっぽくなりましたね私。
心労でも溜まったのかしら。
「── えー、見事、予選を勝ち残った皆様方、これよりトーナメントの対戦表について説明いたします」
全員の視線が係員の方に集まりました。
声を大きくする魔道具は使っていません。普通の声です。
たった八人に説明するだけですからね。
「順番にこちらの壺に手を入れ、中の石を一個取り出して頂きます。石にはそれぞれ数字が書かれており、その数字が高い順に対戦表の空きが埋まっていきます」
「それだと、最後の一人は引けないのだから、あまり公平とは言えないんじゃないの?」
シファーレさんが待ったをかけました。
それは私も思っていたことです。
初戦は勝負に関係ないくじ引きではありますが、他の七人だけ引いて残った自分は引けないのはね。他人に運命を任せたようで気分はよくありません。
「その点は心配ご無用です。何故なら石は皆様の数よりずっと多く入れてありますから。先に引いたほうが有利でもなければ、最後に残った方も、引く意味があります」
「へえ、よく考えてるな」
ルーハが感心して頷きました。
「質問がもうなければ、これから石を引いて頂きます。よろしいですか?」
もう誰からも疑問や不満は出ませんでした。
そうして決まった対戦表。
控え室の壁に大きく張られたそれは、次のような組み合わせとなりました。
第一試合・ゲドック対ロス
第二試合・クレア(私です)対ランベル(赤覆面の男性です)
第三試合・パロラ(ユーロペラ王女です)対シファーレ
第四試合・ルーハ対スカル(髑髏仮面のことらしいです)
トーナメント表が決まったところで、本日は解散となりました。
本戦は明後日の午前からとのこと。それまで自由です。
「──危険な方とぶつかりましたね、ルーハ」
スィラシーシア様や双子達と合流すべく、私とルーハはあの高級な宿へと向かっていました。
ユーロペラ様とリマさんも一緒に行くのかと思ったらいませんでした。
いつの間にか姿が消えています。対戦表が公開された時までいたのにね。
何かあったのでしょうか……。
「いや、むしろ俺が相手することになって、かえって良かったかもな」
「どうして?」
「あんなヤバそうなのが、本戦でまともな試合やると思うか?」
「それはまあ、怪しいところですね」
「だろ? 俺はさ、もしかしたらあいつ、王女様の命を狙ってるんじゃないかと睨んでるよ」
「試合中の不幸な事故……を故意にやろうとしているとでも言いたいの?」
「でなきゃ、殺し屋風情がこんな健全なお祭り騒ぎに出場しないだろ」
「それで……どうするの?」
「あちらの出方次第だな。手段を選ばないのなら、俺もそれなりに対処する」
ルーハの眼に、冷たい刃物の煌めきに似た光が宿っています。殺しをやらざるを得ないと決意した時の、罪深い煌めきです。
これは……死人が出るかもしれませんね。
偶発的ではなく、意図的に。




