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ごめんなさいね、もう聖女やってないんですよ   作者: まんぼうしおから
第二章・遠ざかるスローライフ

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76・上手く弾け!

「うわぁ!?」


 ギルハが驚き、数歩後ずさった。

 小汚ない宿の壁にいくつかある窓。そのうちの一つが内側から破裂したからだ。

 いや、破裂ではない。

 中から、何者かが体当たりで窓を破壊して、そのままこちらの戦場に姿を現したのだ。


 とても大柄な体格をした、熊の頭を持つ男。

 獣魔神の神官、ベルセルクである。


「ちいっ、この俺がこんな弱気なやり方を選ぶとはな!」


 熊の顔なのでわかりづらいが、その表情は焦りのそれだ。

 しかも、何故か火傷の痕がある。

 まだ新しい。ついさっき炙られたばかりという具合だ。


(中でやられたようだね)


 ギルハのその予想は正しい。

 ベルセルクは、吸血鬼の姫君のお付きに痛い目を見せられて間もないのだ。魔法で作り出した炎の鳥をぶつけられ、顔や腕を焼かれたのである。

 獣は火を嫌う。

 それゆえ、ベルセルクの再生は、地味に速度を鈍化させていた。無論、そこまでは流石にギルハも読めていない。

 仮にわかったとしても、ギルハにはその弱みを突く手段がないのだが。


「なんか出たー!」


「なんか来たー!」


 双子はおどけた調子でいたが、その視線はベルセルクの持つ、柄の長い斧に向けられている。

 槍の穂先の代わりに斧をくっつけたように見えるそれを、ベルセルクは片手で持っている。重そうな素振りなどまるでない。


(あれを重くしても、両手持ちで対応しそうだね、ミオ)


(なら、あれじゃなくて本人のほうを重くしよっか、ピオ)


 この会話は二人とも声に出していない。小声ですらない。

 これまでの経験と目線で、互いの言いたいことをほぼ正確に理解したのだ。


「どれ、こちらの戦況は……!? な、なんだ、何してやがるんだお前ら!」


 ベルセルクが困惑しながら叫んだ。


 無理もない。

 二十人ほどいる信者のうち、半数は双子に斬り伏せられたらしく血まみれで地面に倒れ、残りのうちさらに半数が仲間同士で争っているのだ。

 信者達は味方に対して積極的に殺しにかかれず、踏ん切りがつかずに迷っていた。一方、ギルハの針が刺さった信者達は、ぼんやりした顔のまま仲間へと必死に掴みかかっている。

 そうして地面に引き倒されたりした信者にギルハの針が飛ぶ。

 また一人、裏切り者が増えた。

 敵の頭数が減ると同時に味方の頭数が増える。誰もが敵を減らすだけのチェスしかやれないのに、ギルハだけは将棋をやっているに等しい。


「べ、ベルセルク様、我らはどうしたら」


「あの小僧どもは強すぎます! 私たちでは手も足も出ません! どうか助力をっぐばぁっ!?」


 情けなく助けを求める信者を、ベルセルクの斧が一撃で両断した。

 その身にしがみついていた、ギルハの操り人形と化した信者もろとも胴を裂かれ、二人分の血と内臓がぶちまけられた。


「ひっ、な、何を!?」


 別の信者が、頼れる味方の凶行にひきつった声を上げる。

 今度はその信者の脳天に斧が振り下ろされた。


「うわあああっ!?」


「馬鹿な、本当に殺りやがったぞあの獣人野郎! イカれてんのか!?」


「こりゃヤバい、とっとと逃げるぞっ!」


 大乱闘が本当の殺し合いと化したのを見て、周りで面白そうに見物していた連中が四散していく。警備兵が来るまでそう時間はかかるまい。


「ふぃ~、いい気分だぁ~~」


 返り血を浴び、恍惚としているベルセルク。

 その身体から放たれている威圧感が──何の前触れもなく、いきなり増した。

 この男の後天的スキル『血の祝祭』によるパワーアップによるものだ。信者達の生き血であらゆる能力が底上げされたのである。


「急に強くなったよ、ミオ!」


「仲間殺しのせいかな、ピオ!」


 双子がベルセルクの急激なプレッシャー増加を怪しむ。

 その推測はほぼ的を射ていた。


「数で押すしかできない役立たずどもでも、血は悪くねえなぁ! ハハッ、グハハハハハッ!」


 期限を良くしたベルセルクは、ひとしきり笑ったかと思うと、


「そこの針使いのガキィ! ちまちまとセコい真似しやがって……まずはてめえからだ!! くたばりやがれ!」


 ギルハへと猛烈な勢いで駆け出していく。その速さは先ほどとは違う。


「足止めするんだ! かかれ!」


 操り人形どもに一斉に飛びかからせて距離を取ろうとするが、軽く吹き飛ばされてしまう。話にならない。


 しかし、双子が追いつく時間は稼げた。


「シュッ!」


「チェイッ!」


「うおっと、危ねぇ!」


 機動力を削ぐため同時に足を狙うが、速度も向上しているベルセルクには当たらず、避けられてしまった。


「うぜえメスガキどもがぁ!」


 実際はオスガキである。


「ひゃっ!」


「やばっ!」


 技術とかろくになく、斧をブンブン振り回して暴れているだけだが、ここまで速いとうかつに近寄れない。なにせ『加速』している双子に匹敵するスピードなのだ。

 技術では双子が勝っているため、斧による攻撃が当たることはないが、双子もまたベルセルクの暴れっぷりに攻めあぐねていた。


「そのまま持久戦に持ち込んで! たぶんいつまでも力の増加は続かないはずだよ!」


 ギルハに言われるまでもなく、それは双子もわかっている。

 しかしそれはベルセルク自身も承知していることだ。スキルの効果が持続している間にこの双子を始末せねばならない。針使いは大した力量ではないからこの際後回しだ。


 その時さらに窓を突き破って新手が現れた。蛇の神官、メデューサだ。


「油断すんな! 浅黒いガキは針で操ってきやがるから気を付けろ! 双子は速さ重視の戦士系だ!」


 普段は阿呆なのだが実戦中は気が引き締まるのか、ベルセルクは相方が知らぬことのみを簡潔に伝えた。


「わかったわベルセルク、なら私が仕留めるから、あなたはそちらを片付けなさいな!」


「言われんでもわかってるぜ、メデューサ!」


 メデューサがギルハに向けて腕を振ると、使い魔である蛇が物陰から跳ね飛んでいく。

 だが手下の使い方ならギルハも負けてはいない。針で操られた信者達を盾にして、牙を食らわないように立ち回る。


(……ここだっ!)


 蛇どもに気を取られてメデューサへの警戒がおろそかになった一瞬、見えざる石化の呪いがギルハへと一直線に飛ぶ。

 タイミングは完璧だ。

 見えないのだから防ぐに防げまい。なんなら攻撃されたこともわからないだろう。


 見えてなければの話だが。


「てやぁっ!」


 己の首辺りに飛んできた不可視の呪いを()()()、聖なる紋様が浮かんでいる手の甲で打ち払う。

 打ち払った先にあったのは──


「うぐっ!? な、なんでこっちにぃ!?」


 そう、ベルセルクの右脛だった。


「うっおおおっ!?」


 片足がいきなり使い物にならなくなり、もんどりうって地面に転がっていく。後は好き勝手やられる末路しかない。


「よっし、上手くいったね!」


 指を鳴らし、ギルハが年相応の喜びっぷりを見せる。

 何度も練習した甲斐があったと言うものだ。コツを掴めば百中百発……とまではいかないが、かなりの成功率を叩き出した。

 弾く方向をミスって明後日の方向に飛ぶのはいい。不味いのはピオやミオに当たった場合だとギルハは思っていた。

 が、そこはやはり実戦経験がある二人のこと。いつ呪いが飛んできてもいいように、メデューサが出てきた時点で、ギルハのほうにも気を張っていた。

 事実、弾かれた呪いが飛んできた時、二人はその射線上にはいなかったのである。


 しかし、何故見えないはずの呪いが見えたのか。疑問が残るが、蓋を開ければたいしたことはない。

 あらかじめ対策は用意してある。サロメに、透明だったり隠れてるものを見つける魔力を瞳にかけてもらっていたのだ。

 そしてクリスティラにも、手の甲に悪しきものを弾く『聖門』の魔法紋を書いてもらい、石化対策はバッチリである。


 当然双子もその対策済みだ。


「う、うおおっ……俺の、俺の足がああああぁ!!」


 いかにスキルで能力向上しようと、呪いへの耐性はほとんど変わりないようで、右の脛は灰色を帯びてきた。


「もうおしまいだね~」


「もうさよならだね~」


 間延びした死神の声が、ベルセルクの左右から聞こえてくる。

 この事態を打破する方法は、彼にはない。いくらスィラシーシアの魔爪に耐える肉体だろうとオリハルコンの剣に抗えるはずもなく、ただナマス切りにされるのみ。

 つまり終わりだ。

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