70・サークル・オブ・サバイバル
「始まりそうだな」
「ですね。思えば、こんな指示待ちして行儀よく戦うことなんて初ですよ」
「俺もだ。隙あらば死角から殺しにかかるか、全力で真正面から攻め立てるのが、実戦のセオリーだからな……」
「殺し合いは泥臭いものですからね。劇的に勝とうとしてたら、命がいくつあっても足りません」
油断してるところへの不意打ちと、反撃の暇を与えず一気に滅多打ちにするやり口が安全で手堅いです。
いや、常識というべきですね。
野獣や魔物や犯罪者相手に正々堂々とやり合うのは、演劇や英雄譚の中だけにしておきましょう。行儀の良さは死に直結します。
「でもあなたなら、そんなセオリーとかお構い無しに余裕ぶっこいて勝てますよね」
あの煙に巻くような、モヤみたいな不可解な動き。
優雅と呼ぶには怪しげで不気味ですが……。
「俺は凄いからね」
「うわ」
しれっと言いやがりましたね。
冗談混じりでもなければ照れもありません。ましてや自慢するでもなく、当然のように口にしました。
「自分から言いだしてる……。普通それって他人が言うものじゃありません?」
「周りの評価とかどうでもいいよ。極論、俺だけが俺の凄さを理解してりゃそれでいい。うぬぼれも過小評価もなく、正確にね」
「それはまあ、見習うところがありますけど、一歩間違えばただの勘違い野郎に成り下がりますよ?」
「調子に乗らなきゃいいのさ。……おっと、始まりそうだな。気合い入れてくぞ」
「言われなくともですよ……あれ、シファーレさん、どこ行ったのかしら」
今さっきまでそばにいたのに。
「あそこにいるぞ」
ルーハが指差した先、そこにいたのは、赤い覆面の男性に声をかけてるエロウサギでした。
無駄に身体をくねらせるエロウサギの誘惑に太刀打ちできず、覆面の下でニヤケ面してるのが透けて見えそうなくらい骨抜きになって──あっ。
「うわっ」
「いい下段蹴りだ」
どうも彼女持ちだったらしいですね。赤い仮面をつけた女性に横から脛を蹴られて、男性がしゃがみこんで悶絶しています。あれは痛いですよ。
もうこれから予選だというのに事前にダメージ喰らうとか可哀想。自分から声かけたわけじゃないのに。
元凶のエロウサギはもう飽きたとばかりにさっさと離れています。なんという愉快犯。
「悲惨ですねあの人」
「巡り合わせが悪すぎたな」
必死に弁解していますが、一度嫉妬の炎が燃え上がった女はそうそう鎮火しませんよ。
気の毒な話ですが見てる分には面白いことこの上ありませんね。対岸の火事というやつです。
『えー、それでは……お集まりの皆様、長らくお待たせいたしました。これより、予選試合を行ないます』
広場の円内にいる参加者は、私やルーハ、シファーレさんを含めて二十人ほどでしょうか。
受付場所での例の一件がなければ、もっと人数がいたみたいです。
「どんな試合方式なのでしょうね」
「俺はもうとっくに予測ついてるよ」
「そうなの?」
「すぐわかるさ。ま、黙って進行役の説明聞いてな」
『さて、予選試合の内容は──乱戦です!』
「ほらな。思った通りだぜ」
「乱戦……ですか? ふむ……」
……なるほど。
複数の対戦を平行して行なわせるのではなく、雑にまとめてやるのですね。いかにもこの国の行事らしい大らかなやり方です。
司会役の男性が、何かを掲げました。
すると現れたのは、大人くらいの大きさの砂時計です。
司会役の男性の前方にいきなり出現して、宙に固定されたように動きません。おそらくあれも魔道具でしょう。
『制限時間は五分! 死者を出した場合は即失格となります! 本戦へと駒を進めることができるのは、終了時に勝ち残った方のみ! 皆様、全力を尽くして下さい!』
そこまで言い終えると、司会の男性が、スゥ……と、長く息を吸いました。
同時に砂時計が、ゆっ……くりと回転し、中身のない側が下になっていきます。
『それでは…………予選試合、始め!!』
「速っ」
いきなり脱落者を出したのはルーハでした。
一対一でやり合いそうなところに飛び入りしたかと思ったのも束の間、即座にどちらも倒してしまいました。
「ぐえっ!?」
不意に横から接近された男性(狼の頭を被っています)が、棍棒で横殴りにしようとしたのをすり抜けて脇腹に重い一撃。
そのまま、狼帽子と向かい合っていた鉄兜の大男へと寄っていくと、穂先を丸くしてある槍の突きを難なくかわして金的蹴り。
「おっぐぅ!!」
お腹や股間を押さえてうずくまる男性二人。
両名とも練気の濃さも身ごなしもなかなかのものでしたが、あっさりダウンしています。相手がルーハではね……。
その頭に錆びたショートソードをゴツンゴツンと落とされ、彼らは意識を消されました。
今回はここまでですが次回は頑張って下さい。次はきっと我々出ませんから。
「あら?」
気絶した二人の体が淡い光に包まれると、スッと消え失せました。
どこに行ったのか不思議でしたが、もしやと思い司会役を見ると、案の定その二人が地面に横たわり治療を受けていました。
きっと試合場所を囲むこの円が転移系の結界なのでしょう。魔法かそれともスキルか、そこまではわかりかねますがね。
「どいつもこいつもトロいわねぇ! こっちよこっち! どこ見てるのあなた達!」
嬉々として舞う兎の叱咤。
跳び跳ねるような変幻自在の動きに誰もついていけず、翻弄されています。
下手に手出ししようものならすかさず足払い等でバランスを崩され、そこに立て続けに痛打を食らって脱落していくばかり。
「ああぁあぁ! ぐやじいいぃ~~~~!!」
濁った嘆きの叫び。
彼氏にコナかけられて怒りにみなぎっていた赤仮面の女性が、仰向けのまま手足をバタバタさせて治療役の女性を引かせていました。大人の本気の駄々です。
その彼氏はというと、これが意外や意外。
善戦しております。
木剣片手に、同じく木剣使いの男性と一進一退……ではなく叩き合いの泥試合だわあれ。根性のある方が勝者になるやつです。でもあの様子なら彼氏に分がありそう。
「容赦ねえな、角兜のお姉ちゃん。やることも外見もおっかねえだ。へっ、へへへっ」
観戦しながら私は私で二人ほど棒で叩いてぶちのめしていると、訛りのある声で話しかけられました。
先ほど係員と揉めていた、アホな斧使いの男性です。
右手に携えた木製の斧には、ほぼ破損がありません。係員が急遽用意したのですから質のよい代物ではないはずです。
つまり、壊れぬように練気で強化したわけで、それができるなら使い手としては文句無しの実力となります。
「雑魚の相手すんのつまんね。その点よ、お姉ちゃんなら文句ねえわ。な、オラといっちょやんべや。へへ、お姉ちゃんも退屈しとったっぺ?」
口と目の部分に穴の空いた革袋を被った、泥棒みたいな見た目とは真逆の、穏やかで素朴な声。
ですが、その内容は戦意に溢れています。
「いいですよ」
ようやく歯ごたえのありそうな方がやって来てくれました。
たまにはこうしてまともな使い手とやり合わないと、腕も性根も鈍りますからね。
「暗黒騎士クレア、しかとお相手致しましょう」
果たして本戦に出場するのは誰なのか。
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