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7・いざ、闘争の国へ

 コロッセイア。


 大陸のかなり西寄りにあるエターニア王国の東に位置する大国です。

 血の気の多い国民性らしく、王都だけでなく主要な都にも闘技場が存在しており、そこで定期的に本気の試合が行われているそうです。一度見てみたいものですね。


 さらにその東、つまり大陸の中心に存在する聖教国との仲はよろしくないようで、度々小競り合いが発生しているとのこと。でも、どちらも本格的に事を構えたくないのか、毎回なあなあで終わっているのだそうです。

 馬車で乗り合わせたレイピア使いの女性が言うには、ここ最近は戦死者もほとんど出ていないとか。

 闘技場での人死にのほうが多いよとケラケラ笑っていました。


 そして、(今の私にとって実に喜ばしい事ですが)この国とエターニアとの関係は、誰もが知るように、ずっと昔から険悪です。

 豊かな大地を所有するエターニアが、そもそもコロッセイアから分裂する形で建国されたという背景が、その最大の理由でしょう。

 『コロッセイアをあるべき姿に。エターニアを過去のものに』なんて口癖を残した宰相までいたらしいですからね。自分達の大事な穀物庫に他人が居座ってるようで不快極まりないのかもしれません。



「いよいよですね。あの国に着いたら私は暗黒騎士としてスローライフを送るんです。聖女なんてもう懲り懲りだわ」


 最後に人が使ったのかいつなのかわからないくらいの荒れた山道。

 この道を抜けた先に理想生活が待ってるかと思うと、一歩一歩に力がこもりますね。


「その設定でその目標っておかしくないか」


「どこがですか、リュー、ル……ルーハさん?」


 私も危うく本名呼びしかけました。油断していると、ついやってしまいそうになりますね。

 私は僧侶クレア。彼は盗賊ルーハ。

 安定した生活が確定するまでは、たとえ二人きりの時でもお互いこの偽名で通していきます。


「なんだろう……残忍な化け物が孤児を集めて育てようとしてるような違和感がある」


「それは暗黒騎士への偏見ですね」


「偏見というか正しい反応だろ」


「良い暗黒騎士もいれば悪い暗黒騎士もいるんですよ」


「そうか、人に歴史ありだな。ところでこの山道は本当にお隣に通じてるのかね。行き止まりは勘弁してほしいぜ」


「使われなくなって二十年は経っているそうですからね。でも、もっと便利な道ができたから放置されただけみたいですよ? 道として駄目になったからではないらしいし……」


「それでも長い間整備もされてないんだから、今はどうなってるか怪しいもんだよ。無駄骨にならなきゃいいけどな」



 そこはかとない不安はあるものの、戻るのもそれはそれで嫌なので、ある程度進んだところでちょっと休憩。


 大きめの石に腰かけ、冷えた水を飲み、温かい肉と野菜の煮込みを口に運びます。

 石と岩と砂利しかないこんな荒れ地で食べられる昼食とはとても思えません。ルーハ様々です。長旅には欠かせませんね。


「やふぁり便利でふね。あなふぁの、ふぃんふぉふ(いんとく)ふひく(スキル)は」


「食いながら喋るなよ。飲み込んでからにしろ」


 神殿の口うるさいおばさん神官みたいなこと言わないでくださいよ。せっかくの料理が苦くなるじゃないですか。


「……マナーはさておき」


 先に食べ終えたルーハが食器をしまいました。淡々とした食べ方です。

 ごはんというのはそんな作業じみた食べ方ではなく、もっとじっくり味わって食べるべきだと思うのですけどね。その方が人生が豊かになります。

 そう言ったところで「だからあちこちに肉がつくんだろ」なんて毒矢が飛んでくるのは火を見るより明らかなんで黙ってますけどね。自覚あっても他人に言われたらムカつきますから聞きたくない聞きたくない。

 それにそんな太くないもん私。

 二年ぶりのこの質素な僧服だって、なぜなのか全くもって一切原因不明ですが腰回りがやや縮んでいましたけど無事に着れましたからね。素行の悪い女神官たちと手を組んで聖水などを作って横流しして、肉や魚をこっそり買い込んでは塩漬けや干物などの保存食にして、それらを頻繁に食べていたのと因果関係があるかは謎のままです。


「王都を出発してもう十二日になるけど、こんなにすんなり事が運ぶものか? 第三王子と次の聖女は何をしてるんだ?」


 それは私もずっと気がかりでした。

 気持ち悪いくらい何の音沙汰もないのです。

 まさか十日以上もずっとあの部屋に閉じ込められてはいないでしょう。どれほどモタモタ手間取ろうと、あの程度の封印魔法なら二日以内には解除できるはずです。


「結界を張ったり王族としての責務で忙しくて手が回らない……とか?」


「だとしてもその第三王子は結界の件には関わりようがないだろ。それに元々放蕩生活してたろくでなしだというじゃないか。忙しくなりようがない」


「私を勝手にクビにしたことで謹慎させられてるのかも」


「ありえる線だが、貴族の令嬢の片腕をクシャクシャにしたのだから、お前に何らかの落とし前は取らせようとするはずなんだよな。追っ手をよこさないのはおかしいにも程がある」


「なら、もしかしたら、国境で大勢の兵士が待ち構えているのかもしれませんよ」


「ま、それが妥当か」


 その後も推測に推測を重ねましたが「どっちにせよここまで来たのだから逃げ切ったも同然だろう」ということで意見が一致し、そろそろ出発しようとしたところで、



グルルルル……



 犬か狼の唸り声らしきものが聞こえてきました。それも一匹や二匹ではありません。全方位です。


「追いついた追いついた。まさかこんな厳しいルート選ぶなんてねェ~~。おじさん、たまげたよォ~~」


 私達を取り囲む無数の殺気とはまるで縁の無さそうな、おどけた男の声。

 毛皮のマントを羽織った、どこから見ても猟師にしか見えない中年の男性が、狼の群れの中から平然と姿を現しました。

 動物使いのスキル持ち──と見て間違いないでしょう。


「あ~~、そっちの坊やは、何もしなければ、ここにいなかったことにしたげるよォ。おじさんが頼まれたの、そこのお嬢ちゃんを狩ることだけなんでねェ~~」


 気の抜けた口調で語りながらも、その目つきは狼のそれに近い、いやそれ以上の鋭さがあります。

 お喋りの内容からもわかるように、殺し屋ですね。

 私を捕えるのではなく、始末するほうを選んだと、そういうことですか。果たして誰の差し金でしょう。


 殺し屋らしき男性はフサフサの髭をさすりながら、ルーハに寛大な提案をしましたが、


「そうしたいのは山々だが、こいつとは付き合いが長いんでね。立ち向かわせてもらうよ」


 易々と一蹴されました。


 そりゃそうですよね。

 貴族に大怪我負わせてヤバイから国外逃亡しようとする者の協力者が、あっさり見逃してもらえるはずがありません。良くて牢獄行き、悪くてあの世行きです。


「そっかぁ、そりゃ残念だ」


 男性の声が低く、冷たいものに変わりました。


「オイ、お前たち。あのガキは骨も残さなくていいけどよ、そっちの女は頭だけ残しとけ。でないと始末した証明ができねえからな。聖女様にどやされちまう」


「ふぅん。そうですか」


 首謀者はダスティア様、と。

 兵隊ではなく殺し屋を送りつけるとは、よほどあの方は私に対して恨み骨髄なご様子ですね。


 ふふっ……ざまぁですわね。


「何がおかしいのか知らんがまぁいいや。そのニヤケ面のまま首になるといい」


 怪訝な顔をした殺し屋さんはそう言って、片腕をこちらに軽く振りました。

 それが始まりでした。


「「「「「ガアアァァァ!!!」」」」」


 振られた腕を合図に、四方八方から私とルーハめがけて野獣の牙が殺到したのです。

 登山編のはずが動物触れ合い編になるとは、この僧侶クレアの目をもってしても見抜けませんでした。

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