67・復讐は大会にて
「何があったと聞かれても……難解な経緯など、ほとんどないわ。唐突に襲われただけなのだから」
「怨恨か? お前のことだ、無意識に感情を逆撫でするようなことを、あちこちでサラリと抜かしたりしてるんじゃないか?」
「……失礼なことを仰らないで下さい。姫様は、そんな鈍感な方ではございません。意図的に正論を述べて、嫌がられてるだけです……」
「リサ、あなた弁護したいのか苦言を呈したいのかどっちなの?」
「和気あいあいですね」
「どこがだ」
まだまだじゃれあいの範疇じゃないですか。
「……夜道を気ままにお散歩してたら、声をかけられて、振り向いたら呪いの塊みたいなのが飛んできたってことか」
「今思うと、あれは確かに蛇のようでしたわね。あの時は気にもしてなかったけれど」
「ケッ、私のお膝元でやってくれるねぇ」
ただじゃ済まさないよと、ユーロペラ様は指をポキポキと鳴らします。
お姫様のやる仕草とはとても思えません。
それやると指が太くなるからやめたほうがいいらしいですけどね。リューヤ情報なのでどこまで正しいかは微妙。
「呪い使いの女がメデューサ、熊頭のやかましい大男がベルセルクだね。よし憶えた。見つけ次第ボコボコにして何もかも吐かせよう」
(……思考が荒くれ者のそれすぎる……)
リューヤがぼそりと小声で私に言ってきました。
(でも一番確実で後腐れもないですよ)
(………………おかしいな、王女とか聖女ってもっとこう清楚な女性のはずでは……)
(清楚でしょ。どこからどう見ても聞いても)
(今年一番のきついジョークだな)
無意識に両手が伸びてリューヤの顔を鷲掴みにしてしまいました。
両の親指を口に突っ込み、いつでも左右に引き裂ける構えです。
「迂闊な真似は慎むべきよ。その大男のほうも、どんなスキルを隠し持ってるかわかったものではないわ。慎重に慎重を重ねるべきね」
「ンな悠長なことしてたら逃がしちまうぜ。チャチャっと捕まえねえと」
「……あの、そのことなのですが」
王女ペアが議論し、双子やギルハが私を止める中、リマさんが挙手しました。
「そのやかましい大男というのは、もしかして、魔物の皮のマントとか肩からかけてませんでした?」
「魔物の皮のマント……それっぽいものは羽織ってた気もするけれど……よく覚えてないわね。呪いを飛ばしてきた方に気を取られていたから」
「……それなら、覚えてます」
「本当なの、リサ?」
「はい。あの赤と黄色の毛皮は……ハウリングタイガーのものと見て間違いないかと」
ハウリングタイガーね。
確かにそんな色合いでしたねあの魔物。
岩でも砕くくらいの吠え声を武器にする、危険な虎型の魔物です。牙や爪も鋭く動きも機敏なので、中堅どころの冒険者パーティが総掛かりでやっと仕留めたりします。
リューヤがこの魔物を仕留めた時は、吠え声を『隠匿』してびっくりさせたところを、もう一つのスキルで即死させていました。
「あまり手間をかけると思わぬ怪我をするかもしれないしな」というのが理由です。
武器が大したことないのもあるでしょうけどね。オリハルコン製の短剣がある今なら、適当にあしらいつつ切り刻んで倒すと思います。
「だとしたら間違いありません」
「どこで見たんですか?」
私の問いに、リマさんはこう答えました。
「仮面武闘祭の参加希望者の中に、そんな大男がいたのです。布の袋を頭から被っていた、とにかくうるさい男でした」
「そんな奴いたのかよ」
「御自分の婚約解消がかかってるのに、どうして敵前視察しないんですか。いや、それは私がやればいいとして……何故視察の結果を聞いてくれないのか。不思議ですよ」
「いやー、どんな連中が集まったかなんて、やっぱ当日に知るべきだろ。その方がワクワクすっしよ。それに視察したって、わかるのなんて外見だけじゃん。なら聞かねーよ」
「それはそうですが……でも……」
言ってることもわかりますが、それを抜きにしても楽天家ですね……普段からこれならリマさんも大変でしょう。
あと、やっぱり婚約うんぬんの話はガチだったんですね。
「──リマさん。とてもいい話を聞かせてくれてありがとう。貴重な情報でしたわ」
「そうですか、夜の国の姫君にそう言っていただけて光栄です。視察した甲斐がありました」
「……それ、私へのイヤミかよ」
「そう取るということは、多少は彼女に対して引け目があるのね。あなたにしては意外だわ。もっと無神経だとばかり」
「なんだとコラ」
荒れてきた荒れてきた。荒れてきましたぞ。
「……ユーラのがさつさはともかくとして、このまま黙っているのも、リュルドガルの王女としての沽券に関わります」
「では、どうなさるのですか、姫様」
「私も大会に出ます」
「えっ!!?」
「というのは冗談です」
思わず立ち上がろうとしたナーゼリサさんが椅子からずっこけました。
「日の当たる中、闘技場で何試合もやるのもわずらわしいですし、万一、仮面なり覆面なりが取れたら面倒なことになりますからね」
「だったらどーすんだよ、シア」
「代理を立てます。わたくしとリサの二人分ね」
スィラシーシア様の真紅の瞳が、私と、その次にリューヤを見つめると、この場にいる他の者達もそれに倣いました。
「あらら」
「そうきたか」
私とリューヤは、お互い苦笑して顔を見合わせたのでした。




