66・蛇の女王と熊の豪傑
面白半分で始めた治療も無事に──途中色々と荒れたりもしましたが──滞りなく終わりました。
「……めでたしめでたし、って言いたいとこだがよ」
スィラシーシア様の右腕にすがりつくナーゼリサさん。
頬ずりまでしているその喜びぶりに若干、いやかなり引いている我々でしたが(サロメだけニマニマ不気味に微笑みながら見ています)、何か尋ねたいことがあるのか、リューヤが話を切り出しました。
「そろそろ話してくれてもよくないか? 誰にその腕をやられたのか」
その言葉に、王女様も真顔になり、今にも青銅色の指をしゃぶりだしそうなナーゼリサさんも正気に帰りました。
「……正体まではわかりませんね。ただ、わたくしに呪詛をかけたあの女は、獣魔神の使徒にして蛇の女王『メデューサ』と名乗っていました」
「メデ……何ですか、それ」
聞いたこともない名前ですね。
「私も知らないわね。そんな魔物なんか聞いたことないわ」
自身のことはろくに覚えてないのに他のことは意外と博識なサロメでも知らないんですね。
「昔のどっかの国の女王様なんじゃな~い?」
「あんまり詳しくないからわかんないけど~?」
「薬草とかならそれなりに詳しいけど、蛇はわかんないね。歴史はもっとわからない」
双子もギルハもお手上げのようです。
「……メデューサってのはな、怪物の一種だ」
ぽつりと呟いたリューヤに、全員の視線が集まりました。
「髪の毛が無数の蛇で、下半身が蛇体の女性って姿でな」
「「キモッ」」
「恐ろしいことに、見た生き物を全て石にする魔力があると言われてる」
「ゲイザーの睨み付けみたいですね」
ずれた眼鏡を直しつつナーゼリサさんが言いました。
まだ興奮冷めやらぬのか、死人のような顔に赤みが差しています。
ゲイザーという魔物ですが、私も見たことがあります。
外見は、何本もの触手が下部についた球体で、正面に大きな一つ目が開いています。球体のサイズは一メートルほどでしょうか。
魔界に生息している魔物で、こちらの世界にいるのは魔術師や魔族によって呼び出されたものがそのまま居座っている場合がほとんどらしいです。呼んだらちゃんと還しなさいと言いたいですね。無責任な召喚ダメ、ぜったい。
そのゲイザーですが、主な能力はやはりその一つ目による凝視で、個体によって様々な効果があります。
麻痺、眠り、電撃、光線、魅了、そして石化……一種類しか使えない個体もいれば、数種使用する個体もいます。私が倒したのは電撃でしたね。
中には体当たりに特化した個体もいると言われていますが眉唾ものですね。大きな一つ目でぶつかったら痛すぎるでしょ。
「俺はどちらにも出合ったことはないからわからんけど、メデューサのほうがヤバいだろうな。そこまで神話に詳しくないが、魔神に近い扱いされてる漫画とかあるし」
「マンガ……何ですかそれ?」
「……あれだ、おとぎ話の事さ。子供でも分かりやすいように書かれたやつだ」
「ふーん」
彼が案外色々と詳しいのは、その『マンガ』という書物から得た、偏った知識によるものだったりするのかもしれませんね。あやふやな知識だったりする時があるのもそのせいでしょう。
「なるほど、つまりその魔物の力を得ているから、真祖の末裔たるわたくしでさえ容易く石にもできたと、そう言いたいのね?」
「どこまでその蛇女が真実を語ってるかわかんねーけど、そう考えるほうが辻褄は合うんじゃないの」
「その女性はお一人様だったんですか?」
いくら何でも吸血鬼のお姫様とその従者を相手に一人きりは無謀ですよね。何人か手下や仲間がいたと考えるのが自然でしょう。
「もう一人いましたよ。うるさいのが」
ナーゼリサさんがウンザリした顔で言いました。
「大男でした。頭部が熊そのものの」
「とにかくやかましい男だったわ。お宝を返せだの何だのとお喋りが止まらず、仲間の蛇女にすら煙たがられていたわね。無理もないわ。名前は確か…………ベルセルクと名乗っていたかしら」
「お宝ですか。それはつまり、あのオリハルコンのことですね」
「そうなりますね……どうやって私達の事を突き止めたのか不思議ですが……」
「あの廃坑を使い魔に見張らせていたとか、何らかのスキルを使ったとか、方法はいくらでもあると思いますよ。完全な対処は至難かと」
「突き止められたのはともかく、今後も絡んでくるのは面倒ね。わたくしが無事だとわかれば、さらに巧妙に執拗に攻め手を繰り出してくるでしょうから……」
「受けに回り続けるのではなく、どこかで攻守を切り替えたいと」
「その通りよ」
リューヤの言葉に王女様が強く同意しました。
防戦一方では解決には程遠いものがありますからね。
ましてや相手は邪教の信徒ときています。何をしでかしてくるかわからない敵にずっと先手を取られ続けるのは危険なことです。
「姫様、まずは一旦、祖国に戻るべきでは──」
ナーゼリサさんがそこまで言ったところで、高級宿の一室の扉が『バン!』と開け放たれました。
「おい、リマから聞かせてもらったぞ! 不覚を取ったらしいじゃないか! 大丈夫なのか!? 意識は? まさか手遅れとかまだなってないよな!?」
ずかずかと部屋に入り込んできたのはユーロペラ様でした。
それはそうとうるさいですね。
「落ち着いてくださいよユーラ様。だから右腕だけだとさっきから──」
「これが落ち着いてられるかリマ!」
「静まりなさいユーラ。全くもって彼女の言う通りよ。仮にも王女の身の上でありながらそんな慌てふためくなんて、はしたない」
「んん? なんだ、何ともなってないじゃねーか。つまり……騙しやがったのか!? 無駄に心配かけさせやがって!」
「そうじゃなくてね」
「じゃあどういう事か説明してもらおうか、夜の国からはるばるやってきたシアさんよ。内容次第じゃ、ただじゃ済まさねえからな!」
身を案じて駆けつけてきた人の言うことじゃないでしょそれは。
ただ、スィラシーシア様はどこか嬉しそうなので、まあ、良しとしましょう。
「さあ納得いく答えを聞かせてもらおうじゃないの!」
ホントうるさい方ですね。




